イタリアをなぞる米国 五輪延期が余儀ない2つの理由
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2020/3/25 2:00
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ニューヨーク州ニューロシェルに設置されたドライブスルー式の新型コロナウイルス検査施設(写真:Pacific Press / Getty Images)

ニューヨーク州ニューロシェルに設置されたドライブスルー式の新型コロナウイルス検査施設(写真:Pacific Press / Getty Images)

日経ビジネス電子版

「米国はイタリアの11日遅れの状況にある」──。ハーバード大学薬学部のアサフ・ビットン准教授が、新型コロナウイルスのパンデミックに関するこんな記事を米オンライン・メディア「ミディアム」に発表したのは、2020年3月13日のことだ。記事でビットン准教授は「このままでは米国はイタリアがたどったのと同じ道をたどる。これからの1週間、我々がどう行動するかが極めて重要だ」と警鐘を鳴らした。

アサフ・ビットン氏 
ハーバード大学薬学部准教授で、プライマリーケア(初期医療)を専門とする。同大医学部のブリガム・アンド・ウイメンズ病院でアシスタント・メディカル・ディレクターも務める

アサフ・ビットン氏 
ハーバード大学薬学部准教授で、プライマリーケア(初期医療)を専門とする。同大医学部のブリガム・アンド・ウイメンズ病院でアシスタント・メディカル・ディレクターも務める

ジョンズ・ホプキンス大学の情報サイトによると、米国東部時間の3月22日午後10時現在で米国の感染者数は3万3276人、死者数は417人に上った。イタリアは感染者数が5万9138人、死者数が5476人。イタリアの死者は22日だけで793人と、過去最大を記録した。

現時点で米国の感染者数は、イタリアを上回る勢いで増えている。この1週間で急速にテスト件数を拡大していることも影響しているだろう。

専門家たちの「叫び」は、米国の政治家たちを動かした。16日にサンフランシスコ市が市民の外出を基本的に禁じる「shelter-in-place order(外出禁止令)」を発令。19日にはカリフォルニア州が同様の外出規制「stay-at-home order」を出すと、20日にはニューヨーク州、イリノイ州とコネティカット州、21日にはニュージャージー州が続いた。その後も導入する地域が増え続けている。

新型コロナ感染者数150人を突破してからの米国、イタリア、フランス、スペインの感染者数推移。ジョンズ・ホプキンス大学が、データサイエンティスト数人が開発した技術を用いてグラフ化したもの

新型コロナ感染者数150人を突破してからの米国、イタリア、フランス、スペインの感染者数推移。ジョンズ・ホプキンス大学が、データサイエンティスト数人が開発した技術を用いてグラフ化したもの

「状況が深刻な都市や州が次々と厳格な対策を採用し始めたことで、死亡率の高いイタリアのような状況を防げる可能性が出てきた。間に合うかもしれない。ただ、もっと大規模な動きにしていく必要はある」。ビットン准教授は電話取材に応じ、米国の現状をこう評価した。

日本とて対岸の火事ではない。国際オリンピック委員会(IOC)は日本時間の23日未明、2020年東京五輪の延期を含めたシナリオの検討に入ることを発表した。

IOCに強い影響力を持つとされる米国の水泳、陸上の両連盟が大会延期を働きかけていることは、日本でも報道されている通りだ。アスリートたちが精神的苦痛や練習環境の悪化といった影響を受けているからだ。

だが、アスリートに限らず、米国全体を見たとき、残念ではあるが東京五輪は延期が現実的だと思わざるを得ない。理由は大きく2つある。

■「曲線をなだらかに」が合言葉に

一つは、社会が新型コロナの影響を受ける「時間」を引き延ばすすことが、死者数を減らすことにつながるからだ。この議論で米メディアが頻繁に引用しているのが下の図になる。

「social distance(社会的距離)」に留意するなど薬品を使わないインフルエンザ対策を実施した場合とそうでない場合の感染拡大の比較。米疾病対策センター(CDC)のサイトより

「social distance(社会的距離)」に留意するなど薬品を使わないインフルエンザ対策を実施した場合とそうでない場合の感染拡大の比較。米疾病対策センター(CDC)のサイトより

図はインフルエンザでの過去の体験を基にしているが、新型コロナの場合にも同じことが言えるという。縦軸が感染者数で、横軸が時間。人と人の間隔を常に6~7フィート(約2メートル)空ける「social distancing(社会的距離の確保)」を実施した場合が青のカーブで、実施しないと茶色の結果が見込まれるという。

青も茶色も感染者数の合計は同じかもしれない。重要なのは、山の頂上をなるべく低くすることにある。ピークが高いと、その国の医療システムが多数の患者をまかないきれなくなり崩壊する。イタリアで死者が多いのはこのためとされる。

「Flatten the curve(曲線をなだらかにしよう)」

米国では今、これが合言葉になっている。一人ひとりが社会的距離の確保を実行することで感染スピードを遅らせ、医療の崩壊を回避して死者数を減らそうというわけだ。スピードを遅らせると、それだけ長く続く。別の言い方をすれば、時間を長引かせることが感染拡大のインパクトを和らげる手段にもなるわけだ。

では、山の高さを低くしながら収束までに必要な時間も縮めることはできないのか。ビットン准教授にこの疑問をぶつけると、こんな答えが返ってきた。

「不可能だとは思わない。欧米諸国で厳格な対策の導入が進んでいるし、全員が力を合わせれば可能だ。私自身が五輪のファンなので、ぜひ日本が素晴らしいホストになっているところを見たい。ただ、現時点では延期になる可能性が非常に高いと言わざるを得ない」

その後に続いたビットン准教授の懸念が、筆者も延期が現実的と思わざるを得ない、もう1つの理由だ。

■秋に「2度目の感染急拡大」の可能性

ビットン准教授がまず指摘したのは、米国でたとえ国民が一丸となり山の頂上をなだらかにすることに成功したとしても、他の国で感染拡大が遅れて起こる可能性が残る点だ。資金力がなく、医療システムが十分でない国では患者のケアも行き届かない。

国別の1000人当たりの病床数。日本(青色)が13.1で最も多く、米国(赤色)は2.8でイタリアよりも少ない。これから他の国にも広がればパンデミックの期間は長引く。経済協力開発機構(OECD)のサイトより

国別の1000人当たりの病床数。日本(青色)が13.1で最も多く、米国(赤色)は2.8でイタリアよりも少ない。これから他の国にも広がればパンデミックの期間は長引く。経済協力開発機構(OECD)のサイトより

ウイルスのパンデミックでやっかいなのは、どこかを封じ込めたとしても別のどこかで勃発する可能性が高いことだ。事実、中国から遅れて欧米にもやってきた。

米国では複数の都市で同時多発的な感染拡大が起きている点にも注意が必要だ。米食品医薬品局(FDA)元長官のスコット・ゴットリーブ氏はニューヨーク・エコノミック・クラブが19日に開いたオンラインのイベントでこう説明した。

「米国ではニューヨーク、シアトルやサンフランシスコ、ニューオーリンズなどで状況が深刻化している。さらにワシントンDC、ボストン、シカゴもそうなりつつある。複数都市で発生している点で中国より悪い状況だ」

米国での感染状況については、ゴットリーブ氏もビットン准教授も、4月後半から5月にピークがやってきて、6月にかけて収束していくだろうと予想した。

さらにビットン准教授は「(既に収束しつつある)中国や韓国なども安心できない」と付け加えた。「過去の重症急性呼吸器症候群(SARS)やインフルエンザの事例を見る限り、秋にsecond spike(2度目の感染急拡大)が発生する可能性を否定できない」からだ。

今年いっぱいは、こちらをたたいてもこちらで顔を出す、というモグラたたきのような状況が続きかねない。とすると、ワクチンの完成後など、アスリートだけでなく世界中の人が安心して五輪に参加できる状況になってから開催した方がいいのではないか。

ビットン准教授は取材の最後にこう話した。

「ウイルスの収束には、世界中の人が社会的距離を取るなどの対策を協力して実施することが不可欠だ。経済的インパクトは免れないが、早く元の生活に戻るためにも、世界が一つになる必要がある。国や人種、主義によって言い争っている場合ではない。ウイルスはそれを人類に教えてくれているのかもしれない」

(日経ビジネスニューヨーク支局長 池松由香)

[日経ビジネス電子版 2020年3月23日の記事を再構成]

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