選手サポート「先」を読む プロアスリート 前田耕司社長
未来像

関西タイムライン
2020/3/25 2:01
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まえだ・こうじ 1964年広島県生まれ。福井高(現福井工大福井高)で82年夏の甲子園大会出場。83年ドラフト2位で阪神入団、95年オリックスで引退。通算95試合に登板し5勝2敗。2005年スポーツビズ入社、18年にプロアスリートを設立。

まえだ・こうじ 1964年広島県生まれ。福井高(現福井工大福井高)で82年夏の甲子園大会出場。83年ドラフト2位で阪神入団、95年オリックスで引退。通算95試合に登板し5勝2敗。2005年スポーツビズ入社、18年にプロアスリートを設立。

■現役の選手を含むスポーツ人が講演やイベントなど本業以外の仕事をする際にサポートするスポーツマネジメント会社。関西における代表格のプロアスリート(大阪市)社長の前田耕司さん(55)はプロ野球選手からこの業界に進んだ異色の経歴を持つ。

1995年を最後に、13年間に及んだ現役生活に別れを告げた。最後のチームになったオリックスに打撃投手として残り、伊原春樹監督付広報を経て転機が訪れたのは2005年。スポーツマネジメント会社のスポーツビズ(東京・中央)に誘われ、転身した。阪神、西武、広島、オリックスとセ・パ両リーグ、東日本と西日本の球団を広く渡り歩いて培った人脈や経験を買ってくれたのだろう。

阪神時代に2軍投手コーチを務め、長くお世話になってきた上田次朗さんに転身を報告すると「電車に乗った時の気持ちでやれ」と言われた。「空いた席は平等で、学生でもおばあちゃんでも社長でも誰でも座れる。野球選手だったからといってどいてくれる世界ではないことを、きちっと頭に入れて外に出ろよ」

最初の仕事は、海外遠征から帰国したスキーモーグルの上村愛子選手の写真を撮ること。成田空港で待っているとファンの人に「どいて、おじさん」と言われた。屈辱だったが、上田さんの言葉を胸に、めげずに前を向いた。

野球界で様々な人間を見てきただけに、この選手はサポートする価値があるか、ビジネスとして成立するかの見極めはたけていたと思う。スポーツビズでは和田一浩、前田健太ら約30人のプロ野球選手と契約、矢野燿大現阪神監督の担当マネジャーも務めた。

前広島監督の緒方孝市氏(左)や元阪神の関本賢太郎氏の活動をサポートする

前広島監督の緒方孝市氏(左)や元阪神の関本賢太郎氏の活動をサポートする

■18年に独立しプロアスリートを設立。現在の仕事に役立っていると感じるものにイチローさんとの縁がある。

95年のオリックスの選手納会で目の前に座ったのがイチローだった。引退したばかりの私が身の振り方を考えていると告げると、「僕に投げてくれる左(投げの打撃)投手がいないから、球団に残るなら投げてくださいよ」と言われた。打撃投手としてオリックスに残り、翌年からイチローに投げるようになった。

すっかり仲良くなり、一緒に夕食に行くようになった。いつも考えていたのが、彼が嫌な思いをせずにプライベートを過ごすにはどうすればいいかということ。店はどこにするか、道行く人にイチローと気付かれないためにはどうするか、どうやってスムーズにタクシーに乗るか。

ある時、イチローが言った。「前田さんは先の先を読んでくれるから、僕は帽子を目深にかぶって後ろをついていったら安心です」。マネジメント業界に転じて選手寄りの仕事をするにあたり、イチローに接してきたことは大きな経験値として役立っている。

■職業柄、選手の引退後について考えることが多い。

現役引退後に新天地探しで苦労する元選手は多い。私は幸いスタッフとして球団に残れたが、転身の際に心が折れずに済んだのは、引き続きスポーツに携われたから。自身の経験を次の人たちに伝える意味でも、やはりスポーツ選手はスポーツの仕事をやるべきだというのが持論だ。

そのためには当然、受け皿が要る。関西には多くのスポーツ用品メーカーなどが集積し、選手だった人間がセカンドキャリアを築くための基盤があると考える。当社も様々な人材を受け入れたい。

芸能とスポーツには人々の心を動かす力がある。スポーツで社会をもり立てていく上でも、我々のような会社が大きくなっていくことには意義がある。スポーツで関西の経済を動かせるのが阪神であることを考えると、やはり阪神のOBが多く所属する会社ではありたいかなと思う。

(聞き手は合六謙二)

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