内定辞退は「謝罪」ではない 伝え方も社会人の一歩
通年採用時代の就活のトリセツ(5)

法政大学キャリアデザイン学部でキャリア論を教えている田中研之輔です。2021年卒の採用広報が解禁され、企業へのエントリーが始まっていますね。選考の解禁は6月ですが、実態を見ると、新卒採用は早期化していて、すでに内定をもらっている学生もいます。
ただ、その一方で新型コロナの影響を受け、選考活動の遅れやオンライン化の動きが増えています。全体の傾向として、就活終了まで時間がかかり、長期戦になる就活生も増えることが予想されます。焦らずに就活に向かいましょう。
先日、私のところに「A社に内定しました……」とゼミ生の岡田聡君(仮名)から連絡がきました。喜ばしい報告のはずが、電話越しの岡田君の声が弾まない様子。理由を尋ねると、内定直後から岡田君がある悩みを抱えることになったというのです。
「内定を断った方がいいですか? まだ、他の企業の就活もしたいので……」
2008年から就活をみてきて、ゼミ生の9割が「内定辞退」に関する悩みに直面してきました。内定をもらう時期も、3年生の11月から12月にかけてベンチャー企業は、内定を出し始めます。人事担当者は、「周りには言わないように」と就活生に口止めをしているので、内定をもらっている就活生がいることは、あまり知られていません。
岡田君は、複数社の選考にエントリーしていますし、現時点で、A社で働くことを決めかねています。さて、これらの前提を踏まえて、岡田君にどんなアドバイスをしますか?
私は「今の時点で、内定を断る必要はない」と返答しました。その理由は、2つです。
(1)岡田君がA社で働くことも現実的に視野に入れていること
(2)A社の内定を辞退しても、他の企業から採用されるかは、未確定であること
学生が不安に駆られる「内定承諾書」の実態
内定報告を受けた1週間後に、岡田くんから再び、連絡がきます。
「内定承諾書に印鑑を押すようにと言われました。どうしたらいいですか?」
他の企業の選考も進んでいて、状況は先日とは変わっていません。企業が期日を決めるのであるならば、A社の内定承諾書にサインをするようにとアドバイスをします。
企業側に、内定を拘束する権利はありません。もちろん、内定承諾書に法的な拘束力もないのです。内定通知後に新卒入社を決めるのは、学生本人の意思なのです。
しかしこの後、岡田君は高い確率で次なる問題を抱えることになります。これから選考が始まる企業にエントリーし、複数社から内定をもらうことが考えられるのです。当然、最終的には、1社にかしか就職できません。
そうすると、複数の企業に内定辞退の連絡をしなければなりません。しかし、「内定承諾書」にサインもしているのに、どうやって内定を辞退したらいいのかと悩むことになるのです。特に私の見聞きする範囲だと、事業を急激なスピードで拡大させているメガベンチャー企業は「できるだけ早く、優秀な新卒を囲い込みたい」ということもあり、「内定承諾書」にサインをさせる傾向があります。内定辞退の意向を伝える手紙のテンプレート「内定辞退キット」が売れているのも、こうした背景があります。
内定後のトリセツ

それでは、どんなことに気をつけて、就活生として何をすべきなのでしょうか。就活生へのキャリアアドバイスを続け、「内定後のミスマッチ」の少ない就活サポートをしているベンチャー企業、Beyond Cafe(東京・渋谷)の伊藤朗誠社長に「内定後のトリセツ」についてアドバイスをもらいました。
第一に、「社会人としてこうありたい」が損なわれない会社を選ぶ。複数社から内定をもらって、入社する企業を決めるときに必要なのが、「社会人としてこうありたい」という軸で判断することです。職種や業種で全てを決めるのではなくて、こう働きたい、こうなりたいというイメージが損なわれない企業を選択するようにするのです。
とはいえ、決められないと悩む学生は多いです。そんな方におすすめなのが「仕事をしていく上で、耐えられないポイントを3つ書くこと」(伊藤社長)です。というのも、仕事をしていくと職種とやりがいがフィットして働いている時期は、問題ないのです。問題になるのは、仕事の内容や仕事をする上で大切にしたいことがミスマッチをして、精神的に耐えられない状況になるときなのです。そこでできるだけ、事前に、自分にとって何が耐えられないことなのかを具体的にイメージしておくのです。それも、1つではなく、3つとすることで、より現実的に考え、準備することができます。
第二に、当たり前のことですが内定辞退を先延ばしにしないこと。内定は社会人としてのスタート。これから長年、働いていく上で、「個人の信頼や信用」が大切になります。なかには、5~6社内定をもらい、そのままの就活生もいますが、まず、人事担当者の気持ちを察すべきです。内定辞退を丁寧に伝えることも、社会人になるための礼儀なのです。
内定辞退の理由を言葉にする
ではどう伝えるか? 大切なことは内定辞退の理由を明確に言葉にすることです。社会人として「こうありたい」ということを整理して、「なぜその企業を選ぶのか」を的確に伝えるのです。
内定辞退は謝罪ではありません。全面的に「私が悪いことをしました」という態度で臨む必要はありません。
社会人として大切なことは、何事も「うやむや」にしないということです。OB・OG訪問で就活相談にのってくださった先輩に、「他の企業にいくことになった理由」を伝えていますか? 他の企業に入社することなったことで「先輩に悪いな」と感じて、何の連絡もしない就活生を多くみかけます。
内定辞退後も応援してもらえる人材になるという視点をぜひ持ってもらいたいです。社会人として働いていくというのは、人と人とのつながりの中で、「こうありたい」姿に必要な経験を一つ一つ積み重ねアウトプットしていくことです。コミュニケーションをしてつながりを太くすることは、社会人として大きな資産になります。
「内定辞退」の意思決定をせずに、ただ長引かせていることは、就活生の皆さんにとっても、何一つとしてポジティブなことはないのです。
1976年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめる。2008年に帰国し、法政大学キャリアデザイン学部教授。大学と企業をつなぐ連携プロジェクトを数多く手がける。企業の取締役、社外顧問を14社歴任。著書に『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術』(日経BP社)など。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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