セールできない? ファッションの春を新型コロナ直撃

ファッションの春を、新型コロナウイルスが奪った。春の風物詩だったミラノコレクション(2月18日から24日まで開催予定)が途中で打ち切られ、パリ・コレクション(パリコレ、2月24日から3月3日まで開催)もにぎわいが減るなど、例年と様変わり。イベントや宴席の自粛で服のニーズは冷え込む。このまま収束の見えない状態が続くと、6月末ごろから始まる春夏物セールの開催さえ、雲行きが怪しくなりかねない。本来なら、軽やかな装いに華やぐシーズンだが……。
6月から始まる春夏物のセールにまで影響の可能性も
新型コロナの感染予防として人の濃厚接触を避ける動きは、ファッション販売の現場に新たな問いを投げかける。接客の際には販売スタッフとの距離が近くなる。大型の店舗では、来店客同士の感染リスクも無視できない。オンライン通販のサイトへ誘導するのは、感染リスクや販売コストの面でわかりやすい解決策と映る。
ただ、顧客との間でしっかりした結びつきを持っていないと、オンライン通販での継続的な購入は見込みにくい。だから、店舗での体験をフックにした「コト消費」でエンゲージメントを深めようという試みが広がってきたわけだが、コロナ禍はその接点を奪ってしまった。
このままコロナ禍の収束がみえない状態が続くと、毎年、6月末ごろから始まる春夏物のセールにまで影響が及びかねない。大勢でごった返すセール会場では、別の客が手に取った商品に触れることも珍しくない。レジ前での行列では2メートルの距離を保ちにくい。感染の収束時期を見通すことは難しいが、小島ファッションマーケティングの小島健輔代表は「人混みと濃厚接触が避けられない店舗販売への打撃は避けにくい」と見通す。
インバウンド消費が多かった百貨店にとって、訪日観光客の減少と急激な円高はダブルパンチ。パーティーやイベント向きの服は落ち込みが避けられない。ルミネは毎年3月恒例の「ルミネカード10%オフキャンペーン」を中止すると発表した。
いったん広まった、消費の「縮み」傾向はコロナ禍がいったん収束しても元には戻らず、「ミニマル(最小限)でエシカル(倫理的)なライフスタイルが加速する」と小島氏は分析。ブランドビジネスの取り組みは「新作発表を抑え、旧作のリメークや過去商品の発掘に注力するようになる」と見る。
感染者急増のイタリア ミラノ・コレクションは開催中に中止
消費サイドに先駆け、ファッション業界は激震に見舞われた。毎年2月から3月にかけては、いわゆる「世界4大コレクション」と呼ばれる、ニューヨーク、ロンドン、ミラノ、パリのファッションウィークが相次いで開催され、主要ブランドから2020~21年秋冬シーズン向けの新作が出そろう。しかし、イタリアでの新型コロナウイルス感染者はミラノコレクション初日の2月18日時点では3人だったが、日増しに増えていき予定していた最終日の2月24日には感染者が152人、死者も2人に上った(3月18日現在では感染者3万1506人、死者2503人)。感染拡大を防ぐ狙いで、イタリア政府が介入。最終日のファッションショーは中止に追い込まれた。準備を整えていながら、いきなり中止の指示を突きつけられたブランドの一つが日本の新鋭「アツシ ナカシマ」だった。
2月24日に予定していたショーの中止を通告されたのは、前日の夜中。中島篤デザイナーは「全ての準備がちょうど終わったタイミングで、イタリア政府の通達によりショーを中止にすると連絡があり、頭の中が真っ白になった」。急きょ、現地での写真撮影に切り替え、撮影スポットを探す余裕もないまま、ミラノの街中で新作を着たモデルを撮りメディアに配布、ショーの代わりにした。ミラノから世界に発信できる貴重なチャンスだっただけに、中島氏は「やはりショーで発表したかったという悔いは残る」と残念がる。

ミラノコレクション前日の23日に無観客でのショーを開いたのは、「ミラノの帝王」と呼ばれるビッグブランド「ジョルジオ アルマーニ」。ショーの様子は動画で配信された。せっかく準備したコレクションをしっかり世に送り出しつつ、感染リスクを抑える現実的な選択肢として、無観客ショーはその後のお手本ともなった。ショーの終盤では、中国から着想を得た作品を、中国人モデルを起用して披露。中国へのメッセージを表現した。ショーの後には約1億円を新型コロナウイルス対策に寄付すると発表して、ファッションを通じた連帯も打ち出した。
バイヤーもパリコレの来場見合わせ
4大コレクションの最後を飾るパリにも、コロナは影を落とした。「アニエスベー」や「アー・ペー・セー(A.P.C.)」といった、日本でも知られたブランドがショーを中止。渡航制限を受けて、中国からのバイヤーやジャーナリストが来場を見合わせ、近年では珍しく、座席が埋まらないケースも起きたようだ。長年、4大コレションに足を運んでいる、大手百貨店松屋の関本美弥子ファッションディレクターはパリでは「会社からの帰国命令を受けて、日本バイヤーが減った。どんどん帰国していって、最後は松屋ともう1社のバイヤーチームだけが残った」と話す。
ファッションショーではない展示会形式のトレードショーでも来場者の減少が目立ったそうだ。「アジア人が全然いなくて、日本人の私がインタビューを受けたほど。アジアマーケットからの受注は金額的に大きかったので、ヨーロッパブランドには大打撃。危機感を抱いたブランドが多かっただろう」。日本からの入国を制限する動きが広がり、バイヤーの行き来が難しくなりつつある今後の対応については「現地に入れない場合、リモートオーダーに切り替える必要が出てくる。ピンチヒッター的に日本ブランドへの注文を増やすという選択肢もある」(関本氏)。
もう一つ変化がある。近年、ファッションブランドのひそかな稼ぎ時となっていたのは、秋冬と春夏の合間に向けて発表される「プレ・スプリング(リゾート)・コレクション」だ。季節の端境期に投入される商品群だけに、シーズンをまたいで着やすい服が手に入るというメリットが消費者に受けている。しかし、既に「プラダ」は5月に日本で開催する予定だった21年のプレ・スプリング・コレクションのショーを延期すると発表済みだ。
ヒロココシノ ショーを動画配信
今回のコロナ禍は従来のファッションビジネスのありようを、あらためて考え直すきっかけともなりつつあるようだ。3月16~21日に開催を予定していた「楽天ファッション・ウィーク東京」は中止が決まった。参加するはずだった「ヒロココシノ」は3月17日にショーを無観客で開いたうえで、ホームページとインスタグラムで動画を配信した。デザイナーのコシノヒロコ氏は「通常は招待した来場者にしか見てもらえないが、今回の動画配信は『ヒロココシノ』を知らなかった世代にもリーチできる機会」ととらえている。「こんな時だからこそ、歩みを止めず、自分にしかできないポジティブなメッセージを、作品を通して伝え、前向きに立ち向かっていきたい」と述べ、消費者にも開かれたショーへの転機と位置づける。

ファッションにも大きな影響を及ぼしているコロナだが、混乱のなかからは新たな市場や商品も生まれそうだ。たとえば、リモートワークの広がりは、テレビ会議でふさわしい、「きちんと感」を備えたルームウエアの需要を生む。遠出を控える人たち向けの「ご近所アウトドア」用もニーズが広がるだろう。ファッション性の高いマスクはヒット商品になりつつある。抗菌・感染対策仕様の通勤ウエアも期待される。実際に今回のパリコレではサバイバルムードの装いも発表された。
一連の騒動は短期的には災厄でしかないが、生産拠点を国内に巻き戻したり、古い販売手法を見直したりするきっかけになる可能性も秘める。消費者が参加できる機会も広がりそうだ。大量生産・重視からサステナビリティー重視への転機にもなり得る。長い目で見れば、作り手と消費者の双方がファッションとの向き合い方を成熟させるきっかけになるのかもしれない。
(ファッションジャーナリスト 宮田理江)

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