磯焼けから豊かな海を守りたい 岩手・大船渡

大震災9年
2020/3/13 8:27
保存
共有
印刷
その他

東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた三陸海岸。9年の歳月で復興は進み、穏やかな内湾には水産物養殖のブイが所狭しと浮かぶ。しかし、その水面下では問題が起きている。ウニによる食害で海藻が無くなる「磯焼け」だ。磯焼けを食い止め、豊かな海を再び取り戻そうとする人たちを追った。

増えすぎたウニを駆除する佐藤寛志さん(右下)ら三陸ボランティアダイバーズのメンバー。磯焼けが進み、海藻が無い岩場には魚も寄りつかない(岩手県大船渡市の浪板ビーチ沖)

増えすぎたウニを駆除する佐藤寛志さん(右下)ら三陸ボランティアダイバーズのメンバー。磯焼けが進み、海藻が無い岩場には魚も寄りつかない(岩手県大船渡市の浪板ビーチ沖)

白と黒のモノトーンの世界が広がる海――。2月末、岩手県大船渡市の越喜来(おきらい)湾に潜り、むき出しの岩にウニばかりが点々とすみつく異様な光景を目の当たりにした。アマモやワカメが生える藻場に、無数のウニが迫っていた。海中を案内してくれたNPO法人「三陸ボランティアダイバーズ」理事長の佐藤寛志さん(45)は、「いま手を打たなければ、取り返しがつかないことになる」と危機感を募らせる。

観光ダイバーが機材を準備する様子を見守る佐藤さん(右から3人目)。奥には虹がうっすらと出た(岩手県大船渡市の浪板ビーチ)

観光ダイバーが機材を準備する様子を見守る佐藤さん(右から3人目)。奥には虹がうっすらと出た(岩手県大船渡市の浪板ビーチ)

食べなくても何十年も生き続けるともいわれるウニ。ダイバーらの手で駆除しなければ増える一方だ

食べなくても何十年も生き続けるともいわれるウニ。ダイバーらの手で駆除しなければ増える一方だ

越喜来湾では数年前からウニが大量発生し、同じ海藻を餌とするアワビの水揚げが激減。ウニも身が痩せ細って商品価値がなくなり、漁師の収入源を細らせている。ウニが増え続ける原因ははっきりとは分かっていないが、2、3年前から真冬でも海水温が5度以下になっていない、と佐藤さん。暖かいとウニが活発な状態が続き、ワカメやコンブなどの新芽まで食べてしまうという。さらには海藻をすみかとする魚介類もいなくなってしまう。

産卵を終えたばかりのアイナメがアマモに隠れていた

産卵を終えたばかりのアイナメがアマモに隠れていた

佐藤さんは震災直後から、全国のダイバー仲間や地元漁師とともに、津波による海中のがれき撤去や清掃などの活動を続けてきた。さらなる復興を目指し、2019年春から大船渡市と陸前高田市の5カ所で藻場の再生に取り組み始めた。増えすぎたウニを別の海域に移したり、駆除したりしながら、地元の研究機関にも提供してきた。

開発した人工飼料を手にする森山俊介教授。磯焼けの原因は、「海水温の上昇のほか、コンブの胞子が少ないことなども考えられる」という(岩手県大船渡市の北里大学三陸臨海教育研究センター)

開発した人工飼料を手にする森山俊介教授。磯焼けの原因は、「海水温の上昇のほか、コンブの胞子が少ないことなども考えられる」という(岩手県大船渡市の北里大学三陸臨海教育研究センター)

集めた痩せたウニは、北里大学海洋生命科学部の森山俊介教授(57)が水槽で育てている。学校給食センターから出た廃棄野菜や卵の殻などを小麦粉に混ぜた飼料を与え、市場に出荷できるくらいまで成長させられるか実験している。森山教授は、「痩せた大量のウニを駆除することなく、人工飼料で漁師が海でじかに養殖できるようになれば」と藻場再生への青写真を描く。

若い担い手も現れた。この春、高校を卒業の野田勇志さん(18)だ。潜水の経験はまだ少ないが、佐藤さんらが行う藻場のモニタリング調査にも積極的に参加する。

野田勇志さん(右)は高校のダイビングの授業で佐藤さんに出会った。まだ慣れないドライスーツを脱ぐのを助けられ、「早く一人でできるようになりたい」

野田勇志さん(右)は高校のダイビングの授業で佐藤さんに出会った。まだ慣れないドライスーツを脱ぐのを助けられ、「早く一人でできるようになりたい」

佐藤さんに誘われ、藻場のモニタリング調査に参加した勇志さん(右上)。白い肌をむき出しにした岩場を目の当たりにした。「ウニ以外なにもない」(岩手県大船渡市の綾里港沖)

佐藤さんに誘われ、藻場のモニタリング調査に参加した勇志さん(右上)。白い肌をむき出しにした岩場を目の当たりにした。「ウニ以外なにもない」(岩手県大船渡市の綾里港沖)

震災から2年半がたち、生まれて初めての釣り船に乗り笑顔の勇志さん。1度の引きでカレイが何匹も釣れて驚いたという

震災から2年半がたち、生まれて初めての釣り船に乗り笑顔の勇志さん。1度の引きでカレイが何匹も釣れて驚いたという

小さい頃から漁師の父の姿を見て海に親しんだ勇志さん。小学3年生の授業中、大震災の激しい揺れに襲われた。避難する車の窓から見た海は大きく渦巻き、とてつもない恐怖を感じた。それでも、大好きな海を知りたいと高校では水産について学び、藻場再生に取り組む佐藤さんと出会った。

父の邦広さん、母の繁美さんに囲まれ地元の吉浜漁港に立つ勇志さん(中央)。「ダイビングもいいけど、漁の方も手伝ってくれよ」と邦広さん。頼もしい笑顔を見せた(岩手県大船渡市の吉浜港)

父の邦広さん、母の繁美さんに囲まれ地元の吉浜漁港に立つ勇志さん(中央)。「ダイビングもいいけど、漁の方も手伝ってくれよ」と邦広さん。頼もしい笑顔を見せた(岩手県大船渡市の吉浜港)

「生まれ育った海に藻場を取り戻し、漁業を活気づけたい」。勇志さんは佐藤さんと同じダイビングインストラクターを目指すと決めた。ホタテやワカメの養殖など漁業を父から教わりながら、ダイビングの腕を磨く忙しい日々が始まる。

(写真・文 森山有紗)

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]