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きっかけは母の死 体に触れない乳がん検診装置に挑む

リリーメドテック最高経営責任者(CEO) 東志保氏(上)

リリーメドテックの東志保最高経営責任者(CEO)は10代で母の死を体験した

乳がんは日本人女性の11人に1人がかかるといわれる病だ。早期に適切な治療を受ければ治る期待が持てる病気だが、検診率の低さが壁になっている。乳がんの診断装置を開発するリリーメドテック(東京・文京)を起業した東志保最高経営責任者(CEO)は、受診者の負担が少なく、確実性の高い検査機器が普及していないことが背景にあると考え、新たな検査機器の開発に挑んでいる。起業に至った情熱の原点には、10代で向き合うことを強いられた、母の喪失という重い経験があった。

(下)根拠ない自信で起業 乳がん検診装置に挑む女性CEO >>

乳がん検診で最も普及している「マンモグラフィー」では、乳房を板で強くはさみ、X線で撮影する。だが、圧迫時に痛みを感じるケースが少なくないことに加え、乳房のタイプによっては病巣を見逃しやすいという弱点がある。「技師に乳房を見られたり、触られたりするのが恥ずかしい」という抵抗感は受診の妨げにもなりがちだ。実際、国内の乳がん検診受診率は50%に満たず、国際的にみても低い水準にとどまる。

30歳から64歳までの国内女性では、乳がんが死亡原因のトップだ。東氏は「キャリアアップ、出産・育児など、多様な選択肢を抱える世代の女性の命を奪うがん」と表現する。「本人だけでなく、家族や社会への影響も大きい。でも、検査で早期に発見すれば、9割以上が助かる。それを可能にする技術があるなら広めたいという一心で起業しました」

検診に関してはマンモグラフィー以外に、超音波を使う選択肢も既にある。だが、こちらは技師が測定器を操作して検査するので、個人の技術レベルによる結果のぶれが生じやすい。

リリーメドテックが2022年までに実用化を目指す検査機器「リングエコー」は、こうした問題点を一挙に解決する可能性を秘める。中小企業基盤整備機構が優れた起業家を表彰する「ジャパンベンチャーアワーズ(JVA)2020」では中小企業庁長官賞を受賞した。「痛みは生じず、放射線被ばくの危険もない。技師が体に触れる必要はないから、心理的ハードルも低くなる」と東氏は説明する。

検査方法は簡単だ。受診者はベッド状の装置の上にうつ伏せになり、空いた穴の中に乳房を入れるだけでいい。すると、中に取り付けられたリング状の振動子が超音波を発し、高精度の3次元(3D)画像を自動で撮影する。

会社設立は2016年。しかし、医療分野で起業家として奮闘することになるとは「少し前まで思い描いたこともなかった」。むしろ、医療に対してはマイナスの感情さえ抱いていた。その理由は、10代の頃に母親を亡くした経験だ。

「医療は病気に勝てない」と失望

母親が頭痛やめまいを訴えて寝込むようになったのは、東氏が高校に進学して1カ月ほどたった頃のことだった。症状は悪化し、悪性度の高い脳腫瘍と診断された。罹患率は10万人に1人といわれる難しい病気だったという。

「手術を受け、入退院を繰り返した母を、祖母、父親、中学生の弟とともに懸命に看病し続けました。でも、母はみるみるうちに弱っていった。抗がん剤の副作用で髪の毛が抜け、見た目ばかりか、明るかった性格も変わり果てていきました。ただ、つらかったという記憶しかないですね」

病気がむしばむのは、患者本人の心身だけではない。皆で記念日を祝ったり、旅行に出かけたりする仲のいい家族同士だったが、極限状態の中ですれ違うことが増え、関係は疎遠になった。

「母は初めに医師から伝えられていた余命宣告通り、1年半ほどで亡くなりました。あんなに頑張ったのに、苦しんだのに、何も変えられなかった。それどころか、後に残された私たちも、いろいろなものを失いました」

大学進学では医療を選択肢からはずした

自分と同じような苦しみを味わう人を少しでも減らしたいという思いこそが今、困難を伴う事業を前へと進める原動力になっている。だが、10代だった当時の東氏の胸中にあったのは、医療に対する失望だった。

「勝てないのに闘う必要はあったのだろうか。そんな、怒りにも似た気持ちがありました」

だからこそ「医療だけは進路の選択肢から外した」。自分の心に区切りをつけるように、大学では純粋に学問として面白いと感じていた物理学を専攻。憧れがあった航空宇宙の研究者を目指した。

大学で知った「チーム」の楽しさ

「母の病」を中心に回っていた世界の外に、どう踏み出すか。人知れず、もがいた。

「目標を決めて達成すること」を好む性格だという東氏。たどり着きたい場所へと向かうベンチマークをまず意識し、次にとるべき行動を選択する。起業家向きとも映る資質は、学生時代から変わらない。大学へ入学するやいなや、テーマに据えたというのが「社会性の獲得でした」と苦笑する。

「高校時代までは部活動も文化系で、集団プレーより個人プレーというタイプでした。何より母が病気になってからは介護で忙しく、友人と一緒に過ごす時間もあまりなくて。ですから、ある種のショック療法のような感じで、自分を外へ開くということをしたいと思った。それで、入学直後に勧誘を受けて『一番うるさくてなじめないかも』と感じたアメリカンフットボール部に、あえてマネジャーとして入部したんです」

選手は全員男性で、女性マネジャーは少数派。日頃の練習ではもちろん、飲み会などでも「男性を立てたり、細かいことに気を配ったりするのは初めての経験で戸惑った」と振り返る。だが、思い切って飛び込んだアウェーともいえる環境で新しい自分と出会えた。

「意外にも自分はチームワークが好きなんだという気づきがありました。もちろん、選手が主役でマネジャーはサポート役という違いはありましたが、そこに上下関係はなかった。マネジャー同士の間でも『記録を取る』『戦略を立てる』『コンディション面でのケアをする』など、様々な役割があったんです。それぞれのメンバーが責任を果たしながら、一つの目標に向かって情熱を燃やす――そういう中に身を置いていたいという感覚は今、自分の会社を経営するうえでも核になっていると感じます」

大学のアメリカンフットボール部で「チーム向き」と気づいた

リリーメドテックの従業員数は創業から3年余りたった2020年現在、40人ほどにまで増えている。大手の医療機器メーカーから同社のミッションに共感して転職してきた経験豊富なメンバーもいれば、インターンの学生など若いメンバーも含まれる、多様性に富んだチームだ。

「私たちの事業は、医療分野というレガシー産業の中にありながら、同時に新規性も兼ね備えているところに大きな特徴があります。多様な知見や能力を持つメンバーたちが互いに助け合えるチームづくりが不可欠です」

学生時代にのめり込んだのは部活動だけではない。学問にも励み、米国留学も経験して航空宇宙分野の研究者としてキャリアを積む。しかし、今度は父親の急死に見舞われ、経済的な理由で研究を続けることができなくなった。

「何が何でも、母の分まで精一杯に生きる」。そんな気持ちがずっとあった。10代で経験した喪失体験は、東氏の人生に影を落としながらも、一方で新しい世界へと意識的に飛び込む原動力にもなっていた。「やっと自分自身の手で切り開いたと思えるキャリアを歩み始めたところに、突然降りかかってきたのが父の死でした」

挑戦へのモチベーションも一度は途絶えた。それでも、「自分のリハビリのしかたは自分で見つけなければ」と計測器メーカーのエンジニアとして働くことを選んだ。起業の直接のきっかけとなる情報を、夫の隆氏から知らされたのは、ちょうどその頃のことだ。

(ライター 加藤藍子)

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