「ここでもう一度」亡き息子に報告 ツバキ油工場再建

大震災9年
2020/3/11 11:18
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つばき油の製油工場を再建した石川秀一さん(右)と妻の春枝さん(10日、岩手県陸前高田市)

つばき油の製油工場を再建した石川秀一さん(右)と妻の春枝さん(10日、岩手県陸前高田市)

東日本大震災で一時は廃業に追い込まれた岩手県陸前高田市のツバキ油製造「石川製油」が、新工場で再スタートを切って1年が過ぎた。経営する石川秀一さん(71)は失意の底からはい上がり、津波で犠牲となった後継ぎ息子(当時37)を思い再建した。あの震災から9年となった11日朝、妻の春枝さん(70)は地元の寺にある息子の墓前にそっと報告した。「今年もいいツバキ油ができたよ」

甘い香りが漂う作業場に、乾いたツバキの種がガラガラとぶつかり合う音が響く。2019年2月に完成した新工場。玄関には津波で流され、上流で見つかった旧工場の看板が掲げられている。

1955年創業の石川製油。父から工場を継いだ秀一さんと春枝さんが地元特産の「気仙ツバキ」の精製油を商品化し、食用だけでなく肌や髪に塗るクリームとしても人気を得た。県外からも注文が舞い込み、震災の数年前、長男の政英さんが後を継ぐことを決めて見習い修業をしていた。

震災当日、車に乗っていた秀一さんは強い揺れに襲われ「津波が来る」と確信。急いで自宅に戻り、春枝さんらに「高い場所に逃げるぞ」と伝えた。消防団員の政英さんはすぐにはんてんを着込み、「後は頼むからな」とだけ言い残して住民の避難誘導に向かった。それが最後に見た姿だった。

10日ほどたって遺体安置所で見つかった政英さんに目立った外傷はなく、安らかな表情をしていた。工場は津波で跡形もなく消えていた。失意の中、夫婦は「もうツバキは見たくない」とほどなくして廃業届を出した。

その決断を時に悔やみ、揺れ動いていた夫婦の気持ちを固めたのは孫の一言だった。2017年初め、当時小学6年生だった長女の息子、叶翔(かなと)さんに「冬休みにじいじとばあばのツバキ油を作ってみたい」と頼まれた。秀一さんが精油指導を手伝っていた就労支援事業所で自由研究のため油を搾る孫の姿が、懸命に仕事に励む亡き政英さんに重なった。

廃業届を取り下げ、同年11月に仮設のプレハブ工場で事業を再開。約1年後、念願の新工場を建てた。「この場所でもう一度、遠方のお客さんや地元の人に喜んでもらえるツバキ油を作っているよ」。秀一さんは心の中で政英さんに語りかけながら、家業に合流した長女とその夫にバトンを渡すまで事業を続ける決意を新たにしている。

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