何度でも立ち上がる 二重被災のボウリング場、石巻

大震災9年
2020/3/11 9:51
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東日本大震災で3千人以上が犠牲になった宮城県石巻市。あの日、津波に襲われた同市のボウリング場「プレナミヤギ」は昨年10月、今度は台風19号で浸水した。震災からの復旧費として借り入れた資金の完済が見えたタイミング。「またか」。肩を落とした経営者、高橋芳昭さん(72)を再びの復旧に突き動かしたのは震災後、営業再開を果たしたときの地元客の笑顔だった。

プレナミヤギを経営する高橋芳昭社長(宮城県石巻市)

9年前、旧北上川近くにある市内唯一のボウリング場、プレナミヤギは津波で高さ170センチまで浸水した。客や従業員は無事だったが、べとつく泥が至る所に入り、レーン下の泥をかき出すだけで2カ月以上を要した。

トラック200台分の廃材処理、機材更新などに約1億5千万円かかった。やっとの思いで営業を再開したのは震災から半年後の11年秋だった。

町の復旧、復興の進捗とともに客足も戻り、震災後の借入金が完済目前となっていた19年10月のこと。台風19号の豪雨で用水路があふれ、再び水が流れ込んだ。ボウリング球を送り出す機材などが故障し、レーンも泥だらけに。新たに5千万円超が必要になった。

「もう70代。これからまた立て直さなくてはならないのか」

そんなときふと頭によみがえったのが、震災後に営業を再開したときのお客さんたちの笑顔だった。「ボウリングをしているときは、つらいことを忘れられる」「ここに来ると知り合いに会える」。大切な人を亡くし、自宅を失った人たちのそんな言葉も思い出した。

「もう1回頑張ってみよう」。台風の2日後に店内の水が引いた後、店内の泥をかき出して機材を替え、わずか1カ月半後の19年12月に営業を再開した。常連客が再び顔を出し、隣町からも客が集まるようになった。

感染が拡大する新型コロナウイルスの影響で最近は団体客のキャンセルが相次ぐ。順風満帆ではない。「大変なこともあるが、あれだけの震災を乗り越えたんだからね」と話す。「地元の憩いの場として、皆の笑顔を支え続けるために簡単にはやめられないよ」

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