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野村克也氏の下で研究 オリックスコーチ・佐竹学(下)

佐竹学がオリックスで走塁指導の全般を任されるようになった背景に楽天コーチ時代の経験がある。2006年限りで現役を引退、1軍外野守備走塁コーチとして楽天に残ると、監督の野村克也から思いもよらぬ言葉を掛けられた。「盗塁のことは全部おまえに任せる。好きにやってくれ」

新米のコーチに全てを委ねる度量に佐竹は驚いた。実際、07年になると野村から盗塁に関するサインは出ず、代わりにいつ走ってもいい「グリーンライト(青信号)」の権限が全ての選手に与えられた。

一塁に出た選手に様々な助言をする

もっとも「いつでもどうぞ」と言われたところで、足の遅い選手はなかなか走る勇気を持てない。闇雲に走ってアウトになれば、野村のカミナリが落ちる先は佐竹。一塁ベースコーチとして相手投手の癖や配球を必死に研究するようになったのは当然だった。

次の球がフォークボールだと思えば、足の遅い走者でも「次、走ってくれ」。そこで直球が来て盗塁に失敗したとしても、確かな根拠に基づく指示なら野村はとがめはしなかった。そうして走る前提となる材料を提供し、選手の背中を押し続けた結果、07年の盗塁数は前の年より14個多い89個に。08年は101個、09年は103個と、在任3年間で着実に成果を上げた。

10年に古巣のオリックスにスカウトとして戻り、11年からは主に1軍の外野守備走塁担当と一塁コーチを務めてきた。安打や四球で一塁に出た選手に塁上で耳打ちする内容は様々。「二塁へのぼてぼてのゴロでタッチされるなよ」「あの外野手はかなり強肩だぞ」。二塁走者がどこまでリードを取れるかを、自身が立つ位置によって伝えもする。

東海大四高(現東海大札幌高)、東海大を経て1997年にドラフト4位でオリックス入り。10年間の通算打率は2割4分2厘、盗塁は11個だった。足が速くなかったことでリードが小さく、盗塁よりけん制死しないことに意識が向いた現役生活だったが、ある時、楽天で野村から聞いた言葉にはっとした。「足が遅いから盗塁はやめようという考えの選手は要らない」

速くないなりに知恵を絞れば、相手の警戒が弱い隙を突いて成功に至ることがある。「現役の頃にそれが分かって研究していたら、もっと野球が楽しかっただろうなと思うんですよね」

指導の根底にあるのは「自分と同じ失敗はしてほしくない」という思い。新たなシーズンを前に世を辞した師の教えを胸に、コーチスボックスから厳しくも温かい視線を選手に送る。=敬称略

(合六謙二)

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