モノレール 自動運転の扉開く(古今東西万博考)
1970年・大阪

2020/3/10 2:00
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万博会場内の移動にモノレールが活躍した

万博会場内の移動にモノレールが活躍した

1970年の大阪万博は入場者が6421万人に上った。連日にぎわう会場内の移動を支えたのが、会期中限定のモノレールだ。白とブルーのツートンカラーの4両編成が2分半間隔で走り、会場の周囲4.3キロを15分で一周した。1日平均で18万人が利用し、累計で約3351万人を運んだ。

車両下のレールにまたがって走る跨座(こざ)型。万博の主催者が東京急行電鉄(現在の東急)に運行委託し、料金は無料だった。無人運転が可能な国内初の自動運転方式を導入していたが、安全性を考慮し、乗務員がドアの開け閉め、出発のボタン操作をしていた。混雑時の乗車は整列、分割乗車がおこなわれた。標識を設けて注意喚起を促すほか、係員が乗車客に呼びかけていた。

利用客からは「乗り心地がよい」と好評だった。ゴムタイヤで走行音が小さく、広い窓ガラスからの眺めがよかった。日本モノレール協会(東京・千代田)の研究開発で生まれた車両で、同じ跨座型として先行開業した東京モノレールに比べて車内空間を広くした。その後に運行が始まった沖縄などの車両にも受け継がれた。

1990年、大阪府の第三セクター、大阪高速鉄道の大阪モノレールが部分開業した。北大阪急行とつながる千里中央、阪急京都線とつながる南茨木の間を結び、途中、万博記念公園の近くを通る。府が万博にあわせて整備した大阪中央環状線の上に、軌道や駅舎が誕生した。

その後、大阪空港や門真市などにも延伸し、今や営業距離は約28キロで「モノレールで国内最長」(日本モノレール協会)という。2029年には門真市からさらに東大阪市内の瓜生堂(仮称)まで延伸する。

(皆上晃一)

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