オンライン医療 急拡大する中国(The Economist)

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2020/3/10 0:00
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2003年にコロナウイルスの仲間が原因の重症急性呼吸器症候群(SARS)が中国で流行したときは、多くの市民は家にこもった。だが、そのおかげでソーシャルメディアや電子商取引の利用が広がり、結果的に一部の企業にとっては恵みとなった。

このとき家電量販店チェーンを経営していた劉強東氏は実店舗をすべて閉め、ネット通販の京東集団(JDドットコム)を立ち上げた。今や同社は、時価総額640億ドル(約6兆5000億円)という巨大企業だ。

中国では新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけにオンラインによる遠隔診療の市場が急拡大している(写真は、医療アプリ「平安好医生」の画面=ロイター)

中国では新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけにオンラインによる遠隔診療の市場が急拡大している(写真は、医療アプリ「平安好医生」の画面=ロイター)

今回、中国をほぼマヒ状態に陥らせている新型コロナウイルスの感染拡大は、インターネットを介した遠隔医療という新たな産業に追い風となっている。病院がコロナ感染ではない他の病気で来院する患者を門前払いする一方、多くの市民は自宅で隔離されたり、感染を恐れて医療機関へ行くのを避けたりしている。そのため数百万人に上る人々がネットを介した治療や助言を求めており、中国政府も利用を強く推奨している。

■今やネット利用者の3人に1人が活用

京東集団傘下のヘルスケア企業、京東健康(JDヘルス)の辛利軍最高経営責任者(CEO)は、ウイルス流行が始まって以降、同社プラットフォーム上での1カ月当たりの診療件数が、それまでの10倍の200万件に増えたと明らかにした。また同社がネットで生配信した著名な心臓専門医の講演は、約160万人が視聴したという。

辛氏は、新型コロナの感染拡大がなければ消費者行動の変化にはあと5年ほどかかっただろうとみている。北京のコンサルティング会社、易観集団(Analysys)のチェン・チャオシャン氏の推定では、中国の遠隔医療市場の規模は今年、2000億元(約3兆円)近くと、ウイルス流行前の予想の1580億元から急拡大する。

診察や医薬品販売を含む中国の遠隔医療市場は、今回の新型コロナが流行する前でさえ大幅な成長が予想されていた。中国の大手保険会社が運営する医療アプリ「平安好医生(Ping An Good Doctor)」は昨年9月、登録者数が3億人を超えたと発表した。これは、中国のネット利用者の3人に1人が登録したことを意味する。また企業情報検索サイトを運営する天眼査によると、ネットで遠隔医療サービスを提供するメディテック企業は今や1000社を超えるという。

平安好医生は専門医を紹介し、予約をとるサービスも提供している。中国の患者は、総合診療医にかかるよりも、病院で数時間待つことになっても専門医に診てもらう方を好むからだ。だが、大半の企業は最近まで医薬品の販売以上のことはできずにいた。

■各社とも無料診療等を提供し、市場拡大狙う

最高の「トリプルA」の評価を得ている病院は、公的医療機関の1割にすぎないが、外来患者の半分を受け入れている。また、信頼できる診断には患者の脈を取ることが必須だとする伝統医学を信じる中国人も多い。そうした人は、ビデオ電話で伝えられる助言など受け入れないだろう。

当局も慎重だった。遠隔医療市場が世界最大の米国を含め多くの国では、保険会社はオンライン診療の費用は還付しない。一部の地域を除けば、中国の公的医療保険も同様だ。また中国でネットで遠隔医療に携わる医師のほとんどは、薬の再処方や患者の経過観察はしてよいが、初期診断は認められていない。正しい医学知識の普及を目指すサイト「丁香医生」の創設者李天天氏によると、2017年に作成された政府の方針案はオンライン病院には「否定的な見方」を示し、閉鎖されるべきだとしていた。

中国政府は昨年、処方薬の販売を認めないなどの規制の一部を解除し始めた。だが、新型コロナウイルスの感染拡大が規制緩和の動きを加速している。流行のピークだった2月初旬、衛生省はネットによる遠隔医療を患者の診断や治療に「十分に活用」すべきだとする指示を出した。また、病院にオンライン診療を提供するよう勧める指示も出した。中国の産業中心地の一つである江蘇省の当局は、遠隔医療の保険適用を認めた。感染が最初に確認された湖北省の省都、武漢や、上海も同様に保険適用を認めた。

ネット医療サービスを提供するメディテック各社は、良き企業市民としてふるまうことで政府と消費者の信頼を得ようとしている。JDヘルスなど多くは、新型コロナウイルスの流行が続く間は無料で診療するとしている。電子商取引大手アリババ集団傘下の阿里健康は、封鎖状態にある湖北省の住民向けに無料の「オンライン診療所」を開設し、5日間で10万人が遠隔診療を受けた。ネット大手の騰訊控股(テンセント)が出資する遠隔医療のスタートアップ、微医集団(ウィードクター)は、無償でネット診療をしてくれる2万人の医師を確保した。平安好医生は、全国に無料でマスクを配布するため「ウイルス対策司令室」を開設した。丁香医生は、医薬品の供給と配達業者が深刻に不足している湖北省に、300人分の小児用てんかん治療薬を手配した。また丁香医生が作成したリアルタイムで新型コロナウイルスの感染拡大を追跡するヒートマップは、既に25億回閲覧されている。

これらのサービス提供に伴う費用は各社が負担している。JDヘルスの辛氏は、現状で利益を求めるのは「意味がない」と話す。重要なのは今回の感染拡大で、人々があわてて病院に行かなくなり、オンラインで遠隔医療を提供する医師の大半を占める総合診療医を信頼するようになったことだという。

■年初来、株価上昇続くメディテック企業

またこれまでサービスの主な利用者は中年の慢性疾患患者だったが、両親や祖父母が病気になった際に助言を求めたいとする若いネット世代や、健康でも安心感を得たいという人たちにもサービスの魅力を伝える機会になったと辛氏は言う。易観集団のチェン氏によると、この1カ月間にオンライン診療を受けた1000万人のうち、半分は初めてサービスを利用した人だという。彼女は、少なくともその3分の1は今後もネット診療を利用する、と予測している。

ネットによる遠隔医療を受け入れているのは、患者や政治家だけではない。JDヘルスのプラットフォームに出店する薬局の数も増えている(これは湖北省への医薬品販売については、薬を売るたびに徴収する手数料を免除していることも一因だ)。給与が低く過労気味の医師たちも歓迎している。女性医師のシャオ・シンシン氏は、トリプルAの評価を受けている北京のある病院を辞め、JDヘルスでフルタイムで働き始めた。元同僚や同級生の多くも同じ決断をしているという。

また、感染拡大で世界各地の株価が下落するなか、中国のネット遠隔医療サービスを提供する各社は投資家を元気づけている。平安好医生と阿里健康の株価は、年初来それぞれ33%と74%上昇している。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. March 7, 2020 All rights reserved.

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