ワタミ渡辺会長 復帰の理由、後継者育成への思い
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2020/3/10 2:00
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ワタミの渡辺美樹会長兼グループCEO(写真:尾関裕士)

ワタミの渡辺美樹会長兼グループCEO(写真:尾関裕士)

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居酒屋「和民」を人気業態に育てたワタミ創業者の渡辺美樹氏。創業16年で東証1部上場を果たし、2008年3月期には売上高1000億円を突破。その手腕から外食業界のカリスマ経営者として名をはせ、小説『青年社長』のモデルにもなった。

「100年企業」を目指し経営を後進に託すべく、09年に社長の座をすかいらーく出身の桑原豊氏に譲り、自らは会長兼最高経営責任者(CEO)に。11年には東京都知事選に出馬(落選)するために代表権を返上し、取締役最高顧問に就任した(同年、非常勤の取締役会長に)。13年には取締役も辞し、参議院議員になり国政に進出。ワタミには「1000%戻らない」と公言していた。

ところが、渡辺氏が経営を離れてからワタミは坂道を転げ落ちるように業績が悪化する。労務問題の影響や外食事業の不振がたたり、15年3月期には上場以来初の営業赤字に転落し、自己資本比率は危険水域の7.3%にまで低下。05年に進出し、有料老人ホームが100カ所を超えるまでに成長した介護事業を売却せざるを得なくなり、その後も減収に長く苦しむことになった。

これを見かねた渡辺氏は、6年間の議員生活を終え、19年7月にワタミの取締役に戻り、10月には8年ぶりに代表取締役会長に復帰した。グループCEOという新たな肩書も名乗り、自身に権限を集中させ経営の立て直しに奔走。20年3月期は6期ぶりの増収を見込むが、売上高は1000億円に届かず、ピーク時の1631億円(14年3月期)には遠く及ばない。

グループの未来を託せる後継者はなぜ育たなかったのか――。渡辺氏が自戒を込めて、心中を明かした。

――昨年10月、8年ぶりに代表取締役会長に復帰しましたが、政界進出する際には「ワタミの経営には絶対に戻らない」と宣言していました。

渡辺美樹・ワタミ会長(以下、渡辺氏) まずあれだけ強く戻らないと言ったのは、実は対外的というよりも社内に対するメッセージでした。要するにどうしても僕がつくった会社ですし、いろいろなことをすべて私が決めてきたわけですから、社員にしてみれば私が少しでも会社に残ったり、戻ってきたりすることが分かれば、甘えが当然発生します。経営陣に緊張感を持ってもらうために、「二度と戻らない」と公言したわけです。それと同時に、政治から日本を変えていく、日本の未来をつくっていくという決心を固めるために、自分に対して、一種のけん制をしたということでもあります。もっとも政界に入ってみて分かったのは、国会議員は本当にいかに周りと仲良く、群れをつくりながら泳いでいくかが大事な仕事だということです。僕が発言したことは議事録には残っていますが、1つも形にはならなかった。

それでも国会議員になってから、僕は経営情報を取りに行きもしなかった。取れば甘えてくるはずだからです。でも結果として、工場の設備、店舗の改装、広告宣伝などに対する過剰投資が生まれていた。15年3月期に(上場以来初の)営業赤字に転落してからは、銀行から「渡辺さん、戻ってこなかったら、もう融資しないよ」と言われるところまで追い込まれました。それからは、2週間に1回ぐらい、役員会の相談を受け、大株主の責任として財務や資金繰りの状況を見ていました。でも、やはり中途半端に経営ってできませんから、それ以上踏み込むことは自制していました。

――それだけ戻らないと強く決心されたのに、昨年トップに復帰されたのはなぜですか。

渡辺氏 創業者にとって会社は自分の子供だし自分が育てたわけですが、ある段階に来たときには自ら前に進んでいってもらえるようにしたい。ただ、やはり創業者というのは本当に死ぬまで創業者なんだなということは、今回復帰するにあたって、改めて思い知らされました。中途半端に言うと今の経営陣の批判になってしまうので、これは避けたいんですが、「やはり戻らねばならない」と思った理由は2つあります。

1つは、司令塔だった私が欠けたことで、グループの各事業がバラバラになってしまったことです。それから2つ目は、都知事選のためにトップを退いてから8年間、ワタミを客観的に見たときに、何一つ新しいことが生まれてないわけですよ。現状の中における工夫はしているんです。1あるものを1.1とか1.2にするような。でも、そこには目指すものが見えない。僕は大きな未来の目標を立てて、そこを目指して新しい事業をつくってきた。やっぱり創業者じゃないと未来が見えないんだなということは強く感じました。

――ここで言う「未来」が見えるか見えないかは、何の差なんですか。

渡辺氏 まあ、それはたぶん創業者の1つの変態、特異性だと思いますよね。一般のサラリーマン経営者の方ならば、現状を守ることを考えて経営するのは、やむを得ないことだと思います。ただアントレプレナー、創業者というのはもともと何もないところから、仕事を始めているわけですよね。「こんな夢を追い掛けよう」という思いから始まっているわけで。現状の1を1.1にしていこうとかいう、概念自体がないんですよ。だからそれにおいてはもう人種も違うと思います。

■「タテ割り」の弊害が顕著に

――会社を船に例えれば、船自体をつくる方法を考えてきた人と、出来上がった船に乗り込んできた人とは、見える景色が違うというのは当然といえば当然なのかもしれませんね。

渡辺氏 出発点がまるで違います。あと船の進む方向をもともと持っていた人と、後から乗り込んできて船をどこに進めていいか分からない人とは、全く違うと思います。ですから、ワタミの中で新しいことが何一つ生まれていなかったのは、僕にとって非常に残念なことで、またこれを何とかしなければ乗組員を幸せにできないと思いました。

――ただ、外食事業では「和民」に代わる居酒屋の新業態もいくつか生まれました。

渡辺氏 それは看板を掛け替えただけですから。「ミライザカ」や「鳥メロ」というのは、和民を変形させたものなので新しい業態とは言えません。そこで今度、4月に、(飼料や食肉の生産から手掛ける)高品質の和牛を手ごろな価格で提供するファミリー向けの業態をオープンします。他にも、今伸ばしているファストフード業態の「から揚げの天才」。これらは従来のワタミにはなかった文化です。駅前型居酒屋の和民とは違うこの2つの業態を本格的に立ち上げることが、復帰後の僕の仕事でした。

――一方で、グループ全体の事業をもう一度まとめる作業が必要だということですが、経営を退かれた後、会社はどういう状況に陥ったのでしょうか。

渡辺氏 一言で言えば、「タテ割り」の弊害が顕著になったということです。ワタミには、農業、自然エネルギー、外食、宅食など様々な事業があり、それが連携することで初めて本来の強みを発揮します。これらの事業はトップを退くまでの29年間で、僕がつくってきたものです。そして、各事業がそれぞれ独立して走っていて、それらを横断的に見て、シナジーを考えるのは僕1人だった。ところがその本人が抜けたものだから、各事業がバラバラに動き始めたんです。人的交流も情報共有もあまりなかったので、例えば、外食事業と宅食事業がそれぞれ手配したトラックがほとんど同じ所に向かって別々に走っていた。

外食事業(上左)の他に、宅食(上中)、介護(上右、15年に売却)、農業(下左)、自然エネルギー(下右)などの事業を抱えるワタミには、相乗効果を生む「全体最適」の戦略を描けるリーダーが必要だったのだが…

外食事業(上左)の他に、宅食(上中)、介護(上右、15年に売却)、農業(下左)、自然エネルギー(下右)などの事業を抱えるワタミには、相乗効果を生む「全体最適」の戦略を描けるリーダーが必要だったのだが…

でも、僕が政治家になる前は、タテ割りの方が僕自身が会社を見やすかったですよね。各部門を分社化していたので、この会社はこう、この会社はこうと、会社単位で管理して指示できたので、僕にとって一番効率が良かった。でも、その結果として全体最適ではない組織をつくってしまった。これはもう僕自身の反省ですが、横の連絡を取り合いながら常に全体最適を考えられるような役員がまだ育っていなかった。だからタテ割りにして、僕が直接指示をした方がやりやすかった。

それに組織は小さい単位の方が、頑張りや成果も見えやすい。だからタテ割りで、それぞれの会社と役員が自立していけばいいと思っていました。でもこれが大きな間違いでした。1+1が3とか4を生むことを目指したのに、1+1が1になってしまった。結局、農業部門は赤字で足を引っ張っている。エネルギー部門でもソーラー発電事業などを一部手放さねばならなくなってしまった。最高の経営状態でバトンを渡したつもりだったが、肝心のバトンの渡し方が悪かった。だから事業をつくった人間の責任として、相乗効果が生まれるような仕組みにつくり替えていかなきゃいけないと思ったんです。

――タテ割りを解消して、全体最適を考えられるリーダーを育てるために、今はどのような取り組みをしているんですか?

渡辺氏 昨年10月に会長に復帰してからすぐに、通常の取締役会とは別に、部門を横断する「経営戦略会議」を立ち上げました。毎週月曜日に各部門を統括する6~7人の役員が集まり、朝8時から昼の1時くらいまでじっくり時間をかけてグループの各事業の現状や課題を共有し、成長戦略を話し合います。この会議が今のワタミの心臓になっています。すべての事業の戦略立案、およびそのPDCAについて、毎回20項目ほどの内容を、1つずつ討議する、非常に中身の濃い会議です。案件ごとにその事業の担当者が順番に来て、戦略の進捗などについて次々に報告します。

会議に参加する役員は、そうした各事業の動きや課題をお互いに共有し、他部門と連携しながら全体のシナジーを高める方法を一緒に議論します。ITを使って、各部門の情報共有も進めています。例えば外食で1つの販促策を打つ場合などは、食材を作る工場も、素材を供給する農場も、人材育成の担当部署も、もちろん本部も、全員が情報を共有して「同時案件」として扱います。各部門を預かる役員が集まってそれを検討し、そして合意し、前に進む。これを繰り返すことで、グループ全体を見渡す大きな視野で物事を判断できるようになるはずです。

――今振り返ると、ワタミの経営幹部に本来必要だったリーダーシップとはどのようなものだったのでしょうか。

渡辺氏:難しいね。結局、その育成をできなかったのが僕ですから。ただ、1つ、付け足しておきたいことは、いろいろな問題点はあるけれども、今の清水(邦晃)社長(兼最高執行責任者=COO、15年に就任)は非常に良いリーダーだとは思っているんです。ラグビーの日本代表チームに例えれば、彼は主将のリーチ・マイケルで、僕はヘッドコーチのジェイミー・ジョセフだと。私は上から見て指示して、戦略も練り、人も決める。実際に現場で戦って、ここはスクラムでいくのかキックするのか現場で判断するのは彼です。外食事業にとって一番大切な、商品と立地の2つを彼に任せていて、僕はタッチしていません。ボトムアップのリーチ・マイケルを中心とした、いい組織が出来上がっていると思っています。リーダー論で言うならば、まずは現場でみんなをまとめられる人材を育てることまではできた。次は経営戦略を担える人を、これから時間をかけて育てていきたいというのが正直なところです。

■「同族企業について調べて、考え方が変わった」

――ではその先、渡辺さんの後継者については、どうお考えですか。

渡辺氏 正直言って次の後継者のことなんて全く考えていません。今はとにかく会社をゼロからもう一回つくり直さなきゃならない。その上で、経営をどう渡したらいいのかを、もう一度考えます。

――今年1月、長男の将也さん(32歳)が執行役員に就任し、海外事業を担当していますが、2月5日に新型コロナウイルスの影響で中国の「和民」業態の撤退も決めました。

渡辺氏 就任早々、試練と向き合っていますよ。彼は大学を出た後に、ヘルパーの資格を取って介護事業の現場に入り、外食事業での店長や店舗開発を経て、海外の仕事を担当していました。その後、うちの大株主のサントリーさんから「勉強しませんか」と声をかけていただいて、16年からまずは日本のマーケティング部門にいて、18年に(米蒸留酒大手の)ビーム(現ビームサントリー)のシカゴ本社に移り、マーケティングの部署でブランドマネジャーを担当しました。これまでに経営学修士(MBA)も取得しています。まあ、僕の息子じゃなくても、そういう経歴の人がいたら採りたいですよ。ゼロ歳から僕の後ろ姿を見て、経営理念が染みついていますし、これから非常に期待したいとは思っています。

――渡辺さんの後を継いでCEOを担う可能性も当然あるわけですね。

渡辺氏 可能性はありますが、今は何とも言えませんね。本人の力次第だと思います。社員の幸せと会社の発展につながるようなら、なった方がいいし、そうでないならなるべきではない。以前、僕は世襲に対しては疑問がありました。能力がない人がトップに就いたり、子供に継がせることが会社の存在目的になってしまっていたりする会社を見てきたからです。ただ、議員時代に改めて同族企業について調べて、考え方が変わりました。

――どういうことでしょうか。

写真:尾関裕士

写真:尾関裕士

渡辺氏 世界的に同族企業は、そうでない企業と比べて3倍の収益性を誇ります。創業家のトップであれば、創業理念も守りやすいし、オーナーとして短期的な収益にとらわれずに、長期的な視点で経営判断ができます。緊急ではないけど大事なことにお金を使う。つまり未来に投資できる。これが大きい。一方で、家業を守るために「ケチ」にもなれる。会社を長きにわたって成長させる上で、創業家の出身者に有利な点が多いのは事実です。すべてはリーダーとしての能力次第ですが、能力が同じなら、絶対同族の方がいいと思います。

現在、ワタミの株式の約26%を私の資産管理会社が持っていますが、これ以上、株は絶対売らないと対外的に宣言しています。大株主がころころ変われば、会社の方向性がブレます。創業家が一定の株をしっかり持って、その創業家からしっかりとした方針が出され、未来図が示される。これは部下にとって最高に仕事がしやすい状況だと思います。

――会長復帰と同時に、自ら策定された中期経営計画を発表しました。

渡辺氏 あのままいったら僕はワタミはつぶれていたと思います。これが、復帰して会社の中を見回してみた感想です。大事なのはここから10年、もっと言うとこの3年だと思っています。社員を含めてみんなで劇的に会社を変えようとしています。その成果が出るのが22年3月期。そして、29年3月期には売上高を(現状の2倍以上の)2000億円に引き上げて、サービス業で日本のリーダー的な存在にもう一度戻りたいと思います。

(日経ビジネス 吉岡陽)

[日経ビジネス電子版 2020年3月9日の記事を再構成]

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