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桂米朝、探求者の軌跡 大阪で没後5年の落語会

文化の風

桂米朝は上方落語を全国に広めた

上方落語を再興し全国に広めた桂米朝が亡くなって間もなく5年。命日の翌日となる3月20日からの3日間、直弟子から曽孫弟子までの一門と、ゆかりの深いゲストが出演する落語会「桂米朝五年祭 米朝まつり」が開かれる。人間国宝で落語界初の文化勲章も受章した上方演芸界の巨人が残したものを改めて振り返る。

「米朝が残した功績、その遺伝子を今のお客さんに伝えるとともに、一門としても再確認する機会にしたい」。米朝の長男で一門の大多数が所属する米朝事務所の社長でもある桂米団治は意気込む。

古典ネタを復活

功績とは何か。米朝は落語家でありながら、古典落語が作られ受け継がれてきた歴史を探究する研究者、メディアを通じて上方落語の世界を広めるタレント、落語ファンを育て最適な公演形態を作り上げるプロデューサーなど様々な顔を持っていた。上方芸能の世界でジャンルを超えた交流を促し多数の名人が輩出した同人「上方風流」の軸の1人でもあった。

なかでも、落語界にとって大きかったのは継承が途絶えていた多数のネタを復活させたこと。代表作ともいえる「地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)」をはじめ、現在高座にかかる上方落語のネタの多くは何らかの形で米朝の手が加わったものといって過言ではないだろう。

滅びていた噺(はなし)を掘り起こし、落語以外にも広く深く通じる芸能の知識を基に言葉や動作の細部まで古典としての型を整える。その上で、現代では通じない部分を削ったり物語としての体裁を整えたりと大胆なアレンジによって同時代の大衆が楽しめる形で提示した。

「古典の復活といってもほぼ新作を作るような作業。その作業を積み重ねて古典芸能と大衆芸能のバランスがとれた現在の上方落語を作り上げた」。米朝との交流も深かった落語作家の小佐田定雄は振り返る。

古典を現代に通じる作品として翻訳する米朝の仕事がなければ「上方落語は地方芸能にとどまって、今では細々と保存されるだけのものになっていただろう」とも小佐田は言う。

全国認めた「品」

落語家としては端正な語り口の正統派。二番弟子だった故・月亭可朝は品のある米朝の芸によって「上方落語が全国で受け入れられるようになった」と追悼インタビューで語った。米団治も米朝一門の落語家に通底する特徴を「品」と表現する。

一門からは筆頭弟子のざこば、早世した枝雀ら個性派も輩出した。また、珍しい噺の掘り起こしなど研究者の顔を持つ文我、タレントとしての人気も高い吉弥、能や歌舞伎、文楽など古典芸能に通じる吉坊ら、弟子たちが米朝の多岐にわたる功績を「小分けにして」(米団治)受け継いでいる。

今回、大阪市のサンケイホールブリーゼと朝日生命ホールで同時開催する「米朝まつり」はざこば、南光、米団治ら一門の落語家に加えて豪華なゲストも出演。米朝と並ぶ上方落語中興の祖である六代目笑福亭松鶴一門から笑福亭鶴瓶、米朝のもとに稽古に通った経験のある立川談春らがゆかりのネタを披露する予定。ロビーには業績を振り返る展示を設ける。

落語以外にも一門が受け継いできた芸「錦影絵」を披露する。着色した絵を投影し、動きのある映像として見せるアニメーションの元祖とも言える芸能で、江戸時代の大阪で一世を風靡した。担い手のいなくなった芸を継承してきた一門の歴史、上方の芸能を幅広く愛した米朝の思いを体現する演目だ。

23~29日の1週間は天満天神繁昌亭の昼席で米朝ウィークと題した特別公演も予定する。(佐藤洋輔)

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