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割に合わぬ「逃げるが勝ち」 敬遠、失点のリスク高く
野球データアナリスト 岡田友輔

2020/3/8 3:00
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前回の送りバントに続き、今回は守備側の作戦である「敬遠」について考えてみたい。無条件で出塁を差し出すのは果たして割に合っているのか。

得点圏に走者を背負い、打席には強打者。一塁が空いていれば敬遠は有力な選択肢になる。この打者と勝負したくない、次の打者なら打ち取れそう、塁を詰めた方が守りやすい……。理由はいろいろあるだろう。だが、敬遠にはリスクも付きまとう。強打者から逃げても、走者をためて長打を浴びれば元も子もない。

敬遠されると高まる得点期待値

送りバントと同様、敬遠のリスクとリターンを考えるうえでも、基本になるのは「得点期待値」だ。特定の状況からそのイニングが終わるまでに入った平均得点を指す。

2014~18年の日本のプロ野球(NPB)をみてみよう。1死二塁の得点期待値は0.674(単位は点。以下同じ)、2死二塁では0.317だった。ここからの敬遠で生じる1死一、二塁だと0.904、2死一、二塁だと0.43。当然ながら走者が増える分だけ、得点期待値は高くなる。走者三塁から歩かせても傾向は同じだ。

少なくとも1点が入る確率を示す「得点確率」でもリスクは増す。1死二塁の39.4%に対し1死一、二塁では41%、2死二塁の21.6%に対し2死一、二塁では22.4%。塁を詰めてフォースプレーや併殺打を取りやすくしても、失点のリスクはそれ以上に高まってしまう。

補足しておくと、こうしたデータをみるときは、過程よりも状況を重視する。連打でも敬遠がらみでも、同じ1死一、二塁という状況ができれば、そこからの得点期待値や得点確率は同じような値に落ち着く。送りバントも同様で、1死からの二塁打でも無死一塁からの犠打でも、1死二塁からの結果に大差はない。送りバントが概してチャンスを縮小してしまうように、多くの敬遠は守備側のリスクを高めるのだ。

敬遠のリスクとリターンは、前後の打者の打力に差があるケースを想定するとさらに鮮明になる。私も編集に携わった「セイバーメトリクス入門」で、データアナリストの蛭川皓平氏は史上最多の45度の敬遠を受けた1974年の王貞治を取り上げている。この年の王は打率3割3分2厘、49本塁打、107打点。158四球と長打率7割6分1厘はキャリア最高だった。

史上最強打者の一人、王に対する敬遠のリスクとリターンは…=共同

史上最強打者の一人、王に対する敬遠のリスクとリターンは…=共同

史上最強レベルの打者だったこの年の王と勝負した場合の得点期待値を算出し、敬遠して次打者と勝負した場合との差を算出してみる。「二塁走者は単打で生還」「一塁走者は二塁打で三進」「凡打でも三塁走者は50%の確率で生還」など現実を単純化した仮定に基づいた計算であることをお断りしておく。

まずは次打者が平均的な打力の場合。アウトカウントや走者状況にかかわらず、王を歩かせるとほとんどのケースで得点期待値が上昇する。下がる状況は3つしかなく、いずれも「2死で得点圏に走者がおり、一塁が空いている場面」。ただ、2死二塁(マイナス0.066)、2死三塁(マイナス0.027)でのマイナス幅はごく僅か。敬遠が明らかに得策なのはマイナス0.103の2死二、三塁ぐらいだ。

さらに極端なケースではどうか。蛭川氏は数理的なモデルに基づき、次打者が打率2割2分程度、長打率3割1分程度という控えレベルの選手を想定している(表を参照)。

こうなると敬遠が有利になるケースが増え、2死二塁や2死三塁から歩かせれば得点期待値を0.1前後減らせる。だがこれほど打力に差があっても、1死二塁や三塁からの敬遠は得点期待値を押し上げる。現実的に3、4番の後を打つ選手は平均以上の打力を備えていることを考えれば、守備側を利する敬遠がどれほど限定的か察しがつくだろう。

敬遠すべき状況がないわけではない。同点の九回裏など1失点も2失点も変わらない大詰めでの1死二塁や1死一、三塁、1死二、三塁。次打者が平均的な打力という仮定で王を敬遠すると、得点確率を5ポイント前後下げられる。2死二塁では8.2ポイント、2死三塁では6.1ポイントとリスクはさらに低くなる。王ほどの大打者でなくとも、1点を争う状況でタイトル争いをしているレベルの打者を迎えたら、敬遠は守備側に有効な選択肢といえる。

特筆すべきは2死走者なしの場面だろう。次打者が平均的という想定で王を歩かせると得点確率は2.6ポイントも下がる。守備側が1点リードの九回2死無走者では、敬遠した方が逃げ切れる可能性が高まるわけだ。出塁率が重視される現代野球のセオリーからすると意外感さえある。

日本、大リーグより敬遠少なく

だが、これらはあくまで一部の例外である。敬遠は概してリスクの方が大きい。こうした認識が浸透し、近年の米大リーグでは敬遠が減る傾向にある。2019年の全打席に対する敬遠の比率は0.4%と10年の0.7%から半分近くに減った。アストロズはメジャー史上初めて敬遠ゼロでレギュラーシーズンを終えた。

興味深いことに、日本は伝統的に大リーグよりも敬遠が少ない。1970年前後に1%を超えるシーズンもあった米国に対し、0.5%前後の低水準で推移してきた。必要以上に多用する傾向があるバントと対照的に、日本の敬遠の少なさは実に理にかなっている。これは合理的な判断に加え、正々堂々と勝負するのを良しとする美学も関係していると考えられる。

記憶に残る敬遠といえば星稜高時代の松井秀喜だ。92年夏の甲子園で5打席連続敬遠された。いずれも1点差で打席に入った七回には2死走者なしから、九回には2死三塁から歩かされ、チームは敗れた。この試合は議論を呼び、対戦相手は多くの批判も浴びた。

夏の甲子園の明徳義塾戦で、5打席連続敬遠された星稜の松井(1992年)=共同

夏の甲子園の明徳義塾戦で、5打席連続敬遠された星稜の松井(1992年)=共同

だが、この批判は妥当だろうか。王の例でもみた通り、次打者との打力に差があれば、こうした場面での敬遠は守備側のリスクを下げる。プロ野球の数字をそのまま高校野球に当てはめることはできないが、1点を守り切るという目的に照らせば、あながち的外れな作戦とはいえない。

日本学生野球憲章第1章第2条には「学生野球は、教育の一環であり、平和で民主的な人類社会の形成者として必要な資質を備えた人間の育成を目的とする」と明記してある。むやみな真っ向勝負を奨励するばかりが教育ではない。相手と自分の実力や、異なる作戦のリスクとリターンを秤(はかり)にかけ、状況に応じて判断することを教えるのも、立派な教育ではないだろうか。

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