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津波防災「稲むらの火」の志継ぐ 和歌山・広川町

時を刻む

1854年の安政南海地震で稲を束ねた稲むらに火を付けて避難を誘導し、津波から村人を救った広村(和歌山県広川町)の豪商、浜口梧陵。その行動は「稲むらの火」として語り継がれているが、彼が地震後に主導した防災の街づくりについては余り知られていない。今年は梧陵の生誕200年。広川町では梧陵への思いを胸に防災の街づくりを進化させている。

「梧陵がつくった広村堤防が、1946年の昭和南海地震の津波から住宅地の大半を守ってくれました。堤防は町の誇りです」。広川町の西岡利記町長はこう話す。安政の津波では村全体が浸水したが、昭和の津波では広村堤防に守られた中心部は浸水しなかった。

大堤防が街守る

広村堤防はどのようにしてつくられたのか。安政南海地震の直後、梧陵は壊滅的な状況を見て村がなくなってしまうという危機感を抱いた。そこで親類の浜口吉右衛門(七代目)らと協力して巨額の私財を投じ、村民を働き手とする大規模な堤防建造を思い立った。地震からわずか3カ月後の1855年2月に着工。3年10カ月をかけて高さ5メートル、幅20メートル、長さ600メートルの大堤防をつくり上げた。

「将来の防災を考えつつ村民の暮らしが困らないように仕事を与え、離散を防いだ画期的な復興事業だった」と話すのは「稲むらの火の館」の崎山光一館長だ。「村民に義援金を渡すようなやり方では心が離れるが、力を合わせてつくった堤防の存在は心の復興にもつながった」と指摘する。

広村堤防自体も村民の暮らしを考えた工夫を凝らしている。断面を台形とし、港にいる村民が斜面をのぼって内側に避難しやすくした。堤防の海側には松の木を約1千本植え、地盤を固めるとともに船や漂流物を流れ込みにくくしている。内側の斜面には実がロウソクの材料になるハゼノキを約100本植栽し、実の利益を維持費に充てた。

梧陵の防災と暮らしを両立させる手法は浜口吉右衛門(九代目)にも受け継がれた。彼が明治末期、浜口家の敷地につくったのが木造3階建ての御風楼(ぎょふうろう)と呼ばれる迎賓施設だ。表向きは来訪するゲストを迎える施設だが「いざという時に避難所になることを想定していた」(建物を管理する東濱植林の塩路信兼常務)。構造補強に明治期では珍しい鉄製器具を多く使い耐震性を高めている。実際に昭和南海地震では町民が避難してきたという。

後世が受け継ぐ

いま南海トラフ地震が想定されるなか、広川町では津波対策をさらに充実させている。安政と昭和の津波では「稲むらの火」と堤防が被害を抑えたが、それでも安政で36人、昭和で22人の死者が出た。それだけに「1分、1秒でも早く避難できるように安心、安全の街づくりを進めたい」(西岡町長)との思いは強い。

2月下旬。広川町を訪ねると、街の中央を貫く大道(おおみち)の美装化工事が行われていた。町が大道を重視するのは避難場所の一つになっている広八幡神社の周辺施設につながるという理由だけではない。大道が町を流れる2つの川から離れていることも大きい。というのも安政、昭和の死者は津波が勢い込んで流入した川の流域に多かった。町民を大道に誘導するため、周辺道路の拡幅工事も進行中だ。

現代版「稲むらの火」となる街灯や誘導灯も増やしている。昨年9月、海沿いの避難道に39基目のLEDライトを設置した。ライトは太陽光で蓄電するため停電時でも丸1日点灯する。蓄電池内蔵型避難誘導灯も拡充。2019年に5基増やし170基になった。総務課の担当者は「『ここが暗い』という訴えがあれば今後も設置する」という。

3.11から9年。東北だけでなく世界の市町村が梧陵の精神が息づく防災の街づくりに学ぶことは多い。(浜部貴司)

浜口梧陵
 《浜口梧陵(ごりょう)》1820年(文政3年)紀州広村生まれ。しょう油醸造業を営む浜口家の七代目当主として活躍する。52年、広村に私塾開設。68年、紀州藩勘定奉行。71年5月に東京藩庁詰めとなり、8月に「郵政大臣」にあたる初代駅逓頭(えきていのかみ)に任命されるが短期間で辞職する。79年、初代和歌山県会議長。84年に米国に渡り、翌年数え66歳の時にニューヨークで客死。

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