消える仮設・土地かさ上げ…「定点」で見る震災9年

大震災9年
2020/3/10 8:00 (2020/3/12 9:57更新)
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東日本大震災後、住まいを失った被災者のために各地で仮設住宅が整備された。プレハブ型の応急仮設住宅は7県で約5万3千戸、民間賃貸などのみなし仮設住宅は46都道府県に約8万戸設けられた。2012年4月時点での入居戸数は計12万3723件で、約32万人が暮らした。

球場に団地、広場で餅つき…仮設の風景

【がれきに囲まれ】 
建設が進む仮設住宅。周辺にはまだ大量のがれきが残っていた(2011年5月、宮城県南三陸町)

【がれきに囲まれ】 
建設が進む仮設住宅。周辺にはまだ大量のがれきが残っていた(2011年5月、宮城県南三陸町)

【冬前に続々入居】
完成した仮設住宅には順次、被災者が入居していった(2011年11月、宮城県女川町)

【冬前に続々入居】
完成した仮設住宅には順次、被災者が入居していった(2011年11月、宮城県女川町)

【球場に仮設団地】
野球場に建てられた仮設住宅。各地には大規模な仮設団地がいくつも造られた(2012年3月、宮城県女川町)

【球場に仮設団地】
野球場に建てられた仮設住宅。各地には大規模な仮設団地がいくつも造られた(2012年3月、宮城県女川町)

【家族とともに】
間取り3Kの仮設住宅に5人で暮らす漁師の渥美さん一家(2011年8月、宮城県石巻市)

【家族とともに】
間取り3Kの仮設住宅に5人で暮らす漁師の渥美さん一家(2011年8月、宮城県石巻市)

【コミュニティーづくり】
仮設住宅で行われた餅つき。コミュニティー形成のため様々なイベントが行われた(2012年1月、福島県郡山市)

【コミュニティーづくり】
仮設住宅で行われた餅つき。コミュニティー形成のため様々なイベントが行われた(2012年1月、福島県郡山市)

【再建の我が家へ】
空き室が目立つ仮設住宅。徐々に災害公営住宅や再建した自宅に戻る人が増えていった(2016年2月、宮城県気仙沼市)

【再建の我が家へ】
空き室が目立つ仮設住宅。徐々に災害公営住宅や再建した自宅に戻る人が増えていった(2016年2月、宮城県気仙沼市)

【役割を終えて】
解体される仮設住宅。入居者の退去が進み、各地で仮設住宅の解体、撤去が進んでいる(2020年1月、宮城県石巻市)

【役割を終えて】
解体される仮設住宅。入居者の退去が進み、各地で仮設住宅の解体、撤去が進んでいる(2020年1月、宮城県石巻市)

自治体は震災後、災害公営住宅の整備を開始したが、岩手や宮城、福島県では用地の不足などが課題となり、着工が遅れた。その後全国で19年12月末までに2万9千戸以上の災害公営住宅が整備された。

並行して住民らによる自力での自宅再建も進み、多くが仮設住宅から退去した。20年2月末時点での仮設住宅の入居者数は5884人となっている。

各県は原則として、今年3月末までの退去を求める。災害公営住宅の整備などが進んだことを理由としている。

一歩一歩 定点写真で見る復興

東日本大震災の発生から9年がたち、被災地の風景は大きく変わった。壊滅的な被害に見舞われた、岩手県大槌町と陸前高田市、宮城県気仙沼市と南三陸町、福島県新地町、そして東京電力福島第1原子力発電所――。震災直後から変わらぬ場所に立ち、一歩一歩進む復興の場面を追いかけてきた。

大槌

震災による津波が町の中心部などを襲った岩手県大槌町。被災した2階建て庁舎を保存するか、解体するか。町民を二分する議論が続いたが、裁判を経て、解体が決まった。

【2011年】
震災直後、旧役場(左中央奥の建物)周辺はがれきが目立つ

【2011年】
震災直後、旧役場(左中央奥の建物)周辺はがれきが目立つ

【2012年】
がれきが撤去され、空き地が広がる

【2012年】
がれきが撤去され、空き地が広がる

【2013年】
建物の撤去と並行して土砂の搬入が進む

【2013年】
建物の撤去と並行して土砂の搬入が進む

【2014年】
ショベルカーがあちこちでうなりを上げる

【2014年】
ショベルカーがあちこちでうなりを上げる

【2015年】
かさ上げされた土地が少しずつ平らにならされる

【2015年】
かさ上げされた土地が少しずつ平らにならされる

【2016年】
固められた土の上を多くの工事車両が進む

【2016年】
固められた土の上を多くの工事車両が進む

【2017年】
区画がはっきりとし、電柱の数も増えた

【2017年】
区画がはっきりとし、電柱の数も増えた

【2018年】
町の施設や鉄道橋梁が姿を現し始めた

【2018年】
町の施設や鉄道橋梁が姿を現し始めた

【2019年】
大槌川水門(右奥)の建設が進む

【2019年】
大槌川水門(右奥)の建設が進む

【2020年】
旧役場庁舎は解体され姿を消した

【2020年】
旧役場庁舎は解体され姿を消した

………………

陸前高田

ぽつり、ぽつりと残った建物の周りに大量の津波がれきが押し寄せ、風景が一変した岩手県陸前高田市。復興工事で街全体のかさ上げが進み、沿岸にも建物が並び始めた。

【2011年】
市立第一中学校から眼下に広がる津波がれき

【2011年】
市立第一中学校から眼下に広がる津波がれき

【2012年】
スーパーの店舗や数棟の建物だけが残される

【2012年】
スーパーの店舗や数棟の建物だけが残される

【2013年】
鉄道に代わる足としてバスが運行をスタート

【2013年】
鉄道に代わる足としてバスが運行をスタート

【2014年】
土砂を運ぶため巨大ベルトコンベヤーが稼働

【2014年】
土砂を運ぶため巨大ベルトコンベヤーが稼働

【2015年】
街をかさ上げする盛り土が次々に造成される

【2015年】
街をかさ上げする盛り土が次々に造成される

【2016年】
5年前と比べると最大10メートル高くなった

【2016年】
5年前と比べると最大10メートル高くなった

【2017年】
かさ上げされた土地が整備された

【2017年】
かさ上げされた土地が整備された

【2018年】
商業施設などの建物が並び始めた

【2018年】
商業施設などの建物が並び始めた

【2019年】
かさ上げが町全体に広がり区画が整理された

【2019年】
かさ上げが町全体に広がり区画が整理された

【2020年】
右奥に東日本大震災津波伝承館がオープン

【2020年】
右奥に東日本大震災津波伝承館がオープン

………………

気仙沼

大きな漁船が市街地まで流された宮城県気仙沼市。赤い船底が印象に残る「第18共徳丸」は、震災の2年半後に解体された。街は再整備が進み、今は災害公営住宅が立ち並ぶ。

【2011年】
火災の煙が立ち上る鹿折地区、住民は高台に

【2011年】
火災の煙が立ち上る鹿折地区、住民は高台に

【2012年】
内陸に上がった漁船のほとんどが解体された

【2012年】
内陸に上がった漁船のほとんどが解体された

【2013年】
漁船「第18共徳丸」(左奥、赤い船底)もこの年に解体

【2013年】
漁船「第18共徳丸」(左奥、赤い船底)もこの年に解体

【2014年】
水産加工業者の冷蔵倉庫(中央)の整備が進む

【2014年】
水産加工業者の冷蔵倉庫(中央)の整備が進む

【2015年】
仮設商店街や建設事務所(手前)が建てられた

【2015年】
仮設商店街や建設事務所(手前)が建てられた

【2016年】
災害公営住宅(奥)の建設が進む

【2016年】
災害公営住宅(奥)の建設が進む

【2017年】
災害公営住宅(奥)が立ち並ぶ

【2017年】
災害公営住宅(奥)が立ち並ぶ

【2018年】
戸建ての家屋や商店の建設も始まった

【2018年】
戸建ての家屋や商店の建設も始まった

【2019年】
区画整理が進み、まっさらな土地が広がる

【2019年】
区画整理が進み、まっさらな土地が広がる

【2020年】
区画整理された土地に住宅も建ち始めた

【2020年】
区画整理された土地に住宅も建ち始めた

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南三陸

震災の津波で職員ら43人が犠牲になった宮城県南三陸町の防災対策庁舎。骨組みだけになった庁舎を取り囲むように、土地のかさ上げが工事が進んだ。

【2011年】
被害を受けた志津川地区。左端に防災対策庁舎が見える

【2011年】
被害を受けた志津川地区。左端に防災対策庁舎が見える

【2012年】
がれきが片付いた。養殖用のブイが湾に広がる

【2012年】
がれきが片付いた。養殖用のブイが湾に広がる

【2013年】
志津川病院が解体、撤去された

【2013年】
志津川病院が解体、撤去された

【2014年】
かさ上げ用の土砂が積まれ始める

【2014年】
かさ上げ用の土砂が積まれ始める

【2015年】
水門奥にクレーン車が立ち湾岸工事が本格化

【2015年】
水門奥にクレーン車が立ち湾岸工事が本格化

【2016年】
防災対策庁舎より高く、かさ上げ用の土砂が積み上がる

【2016年】
防災対策庁舎より高く、かさ上げ用の土砂が積み上がる

【2017年】
八幡川(手前)の護岸工事が始まった

【2017年】
八幡川(手前)の護岸工事が始まった

【2018年】
かさ上げが内陸側で本格化した

【2018年】
かさ上げが内陸側で本格化した

【2019年】
海岸に積まれた土砂がなくなり、湾がよく見える

【2019年】
海岸に積まれた土砂がなくなり、湾がよく見える

【2020年】
震災復興祈念公園の整備が進む

【2020年】
震災復興祈念公園の整備が進む

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新地

沿岸を走るJR常磐線の列車や線路が押しつぶされた福島県新地町。16年12月に不通区間がようやく開通し、新地駅前の再開発でホテルや温浴施設が開業した。

【2011年】
新地駅では列車や線路が押しつぶされた

【2011年】
新地駅では列車や線路が押しつぶされた

【2012年】
津波がれきなど廃棄物が約15万トン発生

【2012年】
津波がれきなど廃棄物が約15万トン発生

【2013年】
土が不足し、横浜市から残土供給を受ける

【2013年】
土が不足し、横浜市から残土供給を受ける

【2014年】
海岸沿いの堤防を高さ7メートルに引き上げ

【2014年】
海岸沿いの堤防を高さ7メートルに引き上げ

【2015年】
平均4メートルほどの地盤かさ上げ工事にメド

【2015年】
平均4メートルほどの地盤かさ上げ工事にメド

【2016年】
2016年内の運行再開に向けて線路建設が進む

【2016年】
2016年内の運行再開に向けて線路建設が進む

【2017年】
不通区間が2016年12月に開通した

【2017年】
不通区間が2016年12月に開通した

【2018年】
人の気配がする町並みに戻ってきた

【2018年】
人の気配がする町並みに戻ってきた

【2019年】
ホテルと温浴施設の建設が進む

【2019年】
ホテルと温浴施設の建設が進む

【2020年】
駅前の再開発でホテルや温浴施設が開業した

【2020年】
駅前の再開発でホテルや温浴施設が開業した

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福島第1原発

震災後に水素爆発を起こした東京電力福島第1原発。汚染水をためるタンクは増え続け、漏洩事故も起きた。県内の汚染土は、中間貯蔵に運び込まれている。

【2011年】
水素爆発後、煙を上げる3号機=東電提供

【2011年】
水素爆発後、煙を上げる3号機=東電提供

【2012年】
原子炉格納容器の黄色い蓋が露出した4号機

【2012年】
原子炉格納容器の黄色い蓋が露出した4号機

【2013年】
増え続ける汚染水タンク。漏洩事故も起きた

【2013年】
増え続ける汚染水タンク。漏洩事故も起きた

【2014年】
事故当時のままの中央制御室が報道公開。水位変動を記録した鉛筆書きが残る

【2014年】
事故当時のままの中央制御室が報道公開。水位変動を記録した鉛筆書きが残る

【2015年】
東電と協力企業用の大型休憩所がオープン

【2015年】
東電と協力企業用の大型休憩所がオープン

【2016年】
建屋を囲う遮水壁の凍結が開始された

【2016年】
建屋を囲う遮水壁の凍結が開始された

【2017年】
ロボットで格納容器を調査=IRID提供

【2017年】
ロボットで格納容器を調査=IRID提供

【2018年】
3号機にドーム状の屋根が設置された

【2018年】
3号機にドーム状の屋根が設置された

【2019年】
線量が低下し、マスクなしで近寄れるようになった2号機

【2019年】
線量が低下し、マスクなしで近寄れるようになった2号機

【2020年】
県内の汚染土が中間貯蔵施設に運び込まれる

【2020年】
県内の汚染土が中間貯蔵施設に運び込まれる

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