/

消える仮設・土地かさ上げ…「定点」で見る震災9年

(更新)

東日本大震災後、住まいを失った被災者のために各地で仮設住宅が整備された。プレハブ型の応急仮設住宅は7県で約5万3千戸、民間賃貸などのみなし仮設住宅は46都道府県に約8万戸設けられた。2012年4月時点での入居戸数は計12万3723件で、約32万人が暮らした。

球場に団地、広場で餅つき…仮設の風景

【がれきに囲まれ】  建設が進む仮設住宅。周辺にはまだ大量のがれきが残っていた(2011年5月、宮城県南三陸町)
【冬前に続々入居】 完成した仮設住宅には順次、被災者が入居していった(2011年11月、宮城県女川町)
【球場に仮設団地】 野球場に建てられた仮設住宅。各地には大規模な仮設団地がいくつも造られた(2012年3月、宮城県女川町)
【家族とともに】 間取り3Kの仮設住宅に5人で暮らす漁師の渥美さん一家(2011年8月、宮城県石巻市)
【コミュニティーづくり】 仮設住宅で行われた餅つき。コミュニティー形成のため様々なイベントが行われた(2012年1月、福島県郡山市)
【再建の我が家へ】 空き室が目立つ仮設住宅。徐々に災害公営住宅や再建した自宅に戻る人が増えていった(2016年2月、宮城県気仙沼市)
【役割を終えて】 解体される仮設住宅。入居者の退去が進み、各地で仮設住宅の解体、撤去が進んでいる(2020年1月、宮城県石巻市)

自治体は震災後、災害公営住宅の整備を開始したが、岩手や宮城、福島県では用地の不足などが課題となり、着工が遅れた。その後全国で19年12月末までに2万9千戸以上の災害公営住宅が整備された。

並行して住民らによる自力での自宅再建も進み、多くが仮設住宅から退去した。20年2月末時点での仮設住宅の入居者数は5884人となっている。

各県は原則として、今年3月末までの退去を求める。災害公営住宅の整備などが進んだことを理由としている。

一歩一歩 定点写真で見る復興

東日本大震災の発生から9年がたち、被災地の風景は大きく変わった。壊滅的な被害に見舞われた、岩手県大槌町と陸前高田市、宮城県気仙沼市と南三陸町、福島県新地町、そして東京電力福島第1原子力発電所――。震災直後から変わらぬ場所に立ち、一歩一歩進む復興の場面を追いかけてきた。

大槌

震災による津波が町の中心部などを襲った岩手県大槌町。被災した2階建て庁舎を保存するか、解体するか。町民を二分する議論が続いたが、裁判を経て、解体が決まった。

【2011年】 震災直後、旧役場(左中央奥の建物)周辺はがれきが目立つ
【2012年】 がれきが撤去され、空き地が広がる
【2013年】 建物の撤去と並行して土砂の搬入が進む
【2014年】 ショベルカーがあちこちでうなりを上げる
【2015年】 かさ上げされた土地が少しずつ平らにならされる
【2016年】 固められた土の上を多くの工事車両が進む
【2017年】 区画がはっきりとし、電柱の数も増えた
【2018年】 町の施設や鉄道橋梁が姿を現し始めた
【2019年】 大槌川水門(右奥)の建設が進む
【2020年】 旧役場庁舎は解体され姿を消した

………………

陸前高田

ぽつり、ぽつりと残った建物の周りに大量の津波がれきが押し寄せ、風景が一変した岩手県陸前高田市。復興工事で街全体のかさ上げが進み、沿岸にも建物が並び始めた。

【2011年】 市立第一中学校から眼下に広がる津波がれき
【2012年】 スーパーの店舗や数棟の建物だけが残される
【2013年】 鉄道に代わる足としてバスが運行をスタート
【2014年】 土砂を運ぶため巨大ベルトコンベヤーが稼働
【2015年】 街をかさ上げする盛り土が次々に造成される
【2016年】 5年前と比べると最大10メートル高くなった
【2017年】 かさ上げされた土地が整備された
【2018年】 商業施設などの建物が並び始めた
【2019年】 かさ上げが町全体に広がり区画が整理された
【2020年】 右奥に東日本大震災津波伝承館がオープン

………………

気仙沼

大きな漁船が市街地まで流された宮城県気仙沼市。赤い船底が印象に残る「第18共徳丸」は、震災の2年半後に解体された。街は再整備が進み、今は災害公営住宅が立ち並ぶ。

【2011年】 火災の煙が立ち上る鹿折地区、住民は高台に
【2012年】 内陸に上がった漁船のほとんどが解体された
【2013年】 漁船「第18共徳丸」(左奥、赤い船底)もこの年に解体
【2014年】 水産加工業者の冷蔵倉庫(中央)の整備が進む
【2015年】 仮設商店街や建設事務所(手前)が建てられた
【2016年】 災害公営住宅(奥)の建設が進む
【2017年】 災害公営住宅(奥)が立ち並ぶ
【2018年】 戸建ての家屋や商店の建設も始まった
【2019年】 区画整理が進み、まっさらな土地が広がる
【2020年】 区画整理された土地に住宅も建ち始めた

………………

南三陸

震災の津波で職員ら43人が犠牲になった宮城県南三陸町の防災対策庁舎。骨組みだけになった庁舎を取り囲むように、土地のかさ上げが工事が進んだ。

【2011年】 被害を受けた志津川地区。左端に防災対策庁舎が見える
【2012年】 がれきが片付いた。養殖用のブイが湾に広がる
【2013年】 志津川病院が解体、撤去された
【2014年】 かさ上げ用の土砂が積まれ始める
【2015年】 水門奥にクレーン車が立ち湾岸工事が本格化
【2016年】 防災対策庁舎より高く、かさ上げ用の土砂が積み上がる
【2017年】 八幡川(手前)の護岸工事が始まった
【2018年】 かさ上げが内陸側で本格化した
【2019年】 海岸に積まれた土砂がなくなり、湾がよく見える
【2020年】 震災復興祈念公園の整備が進む

………………

新地

沿岸を走るJR常磐線の列車や線路が押しつぶされた福島県新地町。16年12月に不通区間がようやく開通し、新地駅前の再開発でホテルや温浴施設が開業した。

【2011年】 新地駅では列車や線路が押しつぶされた
【2012年】 津波がれきなど廃棄物が約15万トン発生
【2013年】 土が不足し、横浜市から残土供給を受ける
【2014年】 海岸沿いの堤防を高さ7メートルに引き上げ
【2015年】 平均4メートルほどの地盤かさ上げ工事にメド
【2016年】 2016年内の運行再開に向けて線路建設が進む
【2017年】 不通区間が2016年12月に開通した
【2018年】 人の気配がする町並みに戻ってきた
【2019年】 ホテルと温浴施設の建設が進む
【2020年】 駅前の再開発でホテルや温浴施設が開業した

………………

福島第1原発

震災後に水素爆発を起こした東京電力福島第1原発。汚染水をためるタンクは増え続け、漏洩事故も起きた。県内の汚染土は、中間貯蔵に運び込まれている。

【2011年】 水素爆発後、煙を上げる3号機=東電提供
【2012年】 原子炉格納容器の黄色い蓋が露出した4号機
【2013年】 増え続ける汚染水タンク。漏洩事故も起きた
【2014年】 事故当時のままの中央制御室が報道公開。水位変動を記録した鉛筆書きが残る
【2015年】 東電と協力企業用の大型休憩所がオープン
【2016年】 建屋を囲う遮水壁の凍結が開始された
【2017年】 ロボットで格納容器を調査=IRID提供
【2018年】 3号機にドーム状の屋根が設置された
【2019年】 線量が低下し、マスクなしで近寄れるようになった2号機
【2020年】 県内の汚染土が中間貯蔵施設に運び込まれる

初割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン