年金改革、働く高齢者の「自助」後押し 法案閣議決定
政府が3日閣議決定した年金改革法案では、高齢者が働く期間を延ばして年金の受給開始を75歳まで遅らせることで、従来より年金額を増やすことが可能になる。働く60~64歳の年金を一部減らす「在職老齢年金」も基準を緩め、働いても年金が大きく減らないようにする。「自助」に力点を置く内容だが、抜本改革に手をつけず、老後の生活を高齢者自身に委ねる部分が増えたといえる。
「高齢者は若返っている」。公的年金改革を議論してきた厚生労働省の社会保障審議会(厚労相の諮問機関)年金部会。委員で立命館アジア太平洋大学の学長を務める出口治明氏らは再三にわたりこう訴えてきた。

65歳以上の体力テストで男女とも点数は上昇傾向にあり、働く60歳以上の約8割が65歳以降も働く意欲を持つ。現在の公的年金の受給開始年齢の上限である70歳は、例えば俳優の舘ひろしさんが今月迎える年齢だ。テレビ放送が1969年に始まった「サザエさん」に登場する磯野波平さんは54歳。時代とともに「高齢者」とひとくくりにするのは難しくなった。
公的年金の受給開始年齢は原則65歳だ。この年齢から医療や介護も含めた社会保障制度で支えられる側に回る。年金改革法案ではこの線引きを高齢者自らが乗り越え、支え手に回るよう促す。
改革メニューは主に3つだ。1つ目が受給開始年齢を75歳まで延ばす案だ。受け取り開始年齢は1カ月遅らせるごとに受給額が年0.7%増える。75歳まで遅らせると年84%増になる。
2つ目は働く高齢者の年金の一部を減らす「在職老齢年金」の見直しだ。今は60~64歳で賃金と年金の合計額が月28万円を超すと年金が減る。減額基準を月47万円まで引き上げ、今より長く働けるよう後押しする。
最後は厚生年金に加入するハードルの引き下げ。高齢者や女性は短時間勤務も多い。厚生年金に加入できるよう、加入要件の一つである従業員数の基準を「501人以上」から段階的に下げ、2024年10月には「51人以上」になる。厚労省の試算では新たに65万人が厚生年金に加入する。
公的年金は現役世代から高齢世代への仕送り方式を採る。少子高齢化で給付水準の低下は避けられない。厚労省が19年夏に公表した公的年金の財政見通し(財政検証)によると、経済が順調に推移しても将来の給付水準は現在より2割弱低下する。
厚生年金に加入しながら長く働けば、個人レベルでは給付水準を大幅に引き上げることができる。75歳まで働いてから年金受給を始めれば、現役世代の収入と同水準の年金を受け取ることが可能という。個人型確定拠出年金(イデコ)の加入年齢も60歳未満から65歳未満まで延ばし、公私一体の年金改革で自助を促すことをめざしている。
一方、高齢者が反発するような抜本改革は軒並み見送られた。先進国では受給開始年齢を一律で67~68歳に引き上げる国も多い。日本の年金改革の議論では「60歳代後半以降で、健康状態が悪化する高齢者が一定程度存在する」(厚労省)として、一律引き上げは最初から検討しなかった。
少子化の進展などに合わせて給付額の伸びを抑える「マクロ経済スライド」を発動しやすくする見直しも見送られた。
厚生年金に比べれば給付水準の低い国民年金もほぼ手つかずだ。制度創設当時は、定年のない自営業者や農家が主な加入者だったが、いまはフリーターなど非正規労働者が多い。将来、都市部で貧困高齢者が急増しかねないリスクがある。
公的年金改革は5年に1度で、次の改革案を練る際にはフリーターの多い就職氷河期世代で50歳代が増え、将来不安はさらに増す。「厚生年金による国民年金の救済統合」という意見もあるが、保険料を負担してきた企業と会社員へのツケ回しでしかない。