伊丹空港、国際化の波に乗った(古今東西万博考)
1970年・大阪

2020/3/3 2:00
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「伊丹空港」と呼ばれることの多い大阪国際(伊丹)空港。「国際」と名付けられているものの、現在は国内線専用だ。ただ、大阪万博のあった1970年の発着数は15万回を超え、前年の13万回弱から2万回以上も増えた。直近の2019年の約14万回よりも多い。当時は国際線も就航しており、万博開催を契機に関西の空の玄関口として飛躍した。

見物客でにぎわう大阪国際空港(1969年2月)

見物客でにぎわう大阪国際空港(1969年2月)

伊丹空港は戦後、米軍の飛行場だった。58年に返還されても大規模な改修はされなかった。万博開催が決まると、国際空港としての役割を果たせるよう拡張計画が立ちあがった。69年にターミナルビルが完成し、70年には3000メートル級のB滑走路の供用が始まった。どちらも現在も使われている。

70年4月の時刻表を見ると、ニューヨークやロンドン、パリ、台北、バンコクなど世界各地を結ぶ直行便や経由便が発着している。伊丹空港のビルを運営していた大阪国際空港ターミナルの社史には「国際化の波が押し寄せ、外国からのお客様の色とりどりのファッションが国際線ロビーに花開きました」と書かれてある。

一方、住宅地に隣接していることから、機能拡張とともに騒音公害が社会問題となった。騒音軽減のため発着数が制限され、代わりとなる国際空港の必要性が議論された。94年に関西国際空港が開業し、伊丹空港から国際空港の機能を引き継いだ。関空では25年の国際博覧会(大阪・関西万博)に向け、主力の第1ターミナルの改修が進んでいる。関空全体の国際線の受け入れ能力は年間4000万人と約2倍に上がる。伊丹空港のように、関空も万博開催によってにぎわいを増しそうだ。(金岡弘記)

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