新型コロナ 乱立する中国の監視網の課題(The Economist)

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2020/3/3 0:00
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中国で新型コロナウイルスの流行が始まり、政府が一部の都市の「封鎖」を始めた時、沈大成さんは友人から予言者だと呼ばれた。

2018年に出版された沈さんの短編小説「ミス・ボックスマン」(邦訳未刊)はウイルスの恐怖におびえる世界を舞台としている。富める者は病原体から身を守るため密閉されたコンテナ内で生活し、そうでない者は頻繁な血液検査を義務付けられ、消毒薬をホースで浴びせられる。感染者と判断された者は拘束されるか、その場で殺される。いたる所にセンサーが密かに設置されており、感染者を探している。

広東省深圳市では市内に入る車両の運転手は、その入口となる高速道路の料金所でドローンがぶら下げているQRコードを自分のスマホで読み取り、登録しなければならない=AP

広東省深圳市では市内に入る車両の運転手は、その入口となる高速道路の料金所でドローンがぶら下げているQRコードを自分のスマホで読み取り、登録しなければならない=AP

今の中国は、裕福な人だけが住むコンテナもなければ感染者が殺されることもないが、このディストピア(反理想郷)に似ている。例えば浙江省杭州市に夫と息子と暮らす孫さんは、市の健康管理アプリを通じて鼻水の症状があると自己申告したところ、感染の可能性ありと診断された。孫さんはちょうど中国北西部にある故郷から戻ってきたばかりで、帰省中に感染拡大の中心地となっている湖北省から来た人たちにも会っていた。昨年12月以降、中国では6万5000人以上がコロナウイルスに感染し、約2600人が死亡している。

■健康アプリ「緑」でないと市内移動できず

孫さんの「杭州健康コード」アプリには赤いQRコードが表示されており、14日間の自主的な隔離生活を求めていた。もしアプリが黄色のQRコードを示していたら、他の人に感染するリスクは低いため自主的な隔離期間は7日でよかった。市内を自由に移動するには、市内各地に設置されている検問所でスマホを取り出し、自分の健康状態は緑色のQRコードであることを示す必要がある。この記事の写真にもあるように、広東省深圳市では、市内に入る車両の運転手はドローンがぶら下げているQRコードを自分のスマホに読み取らせなければならない(編集注、深圳市外から入った人や戻ってきた人を特定するのが狙い)。

孫さんには慢性鼻炎の持病があるが、アプリを通じて説明することはできなかった。当局に申し出て職員の訪問を受けた後、ようやくQRコードが緑に変わり、市内を移動できるようになった。

■感染の再拡大を防ぐ頼りは監視技術

中国当局が今のところ湖北省以外での感染拡大を食い止められているのは、膨大な数を動員して、検問所で聞き取りや赤外線体温計による検査をし、戸別訪問もして鼻をすするなど疑わしい症状の人を記録しているからだ。

中国での1日あたりの新規患者数が減少を続け、政府が1カ月以上まひ状態にあった経済を何とか通常に戻そうとするに従い、政府高官らは今後、感染者数の再拡大を防ぐために監視技術への依存を深めていくだろう。監視技術を活用すれば、個別対応が可能になり、ほとんどの人が通常の生活に戻れる一方で、感染が疑われる人への監視は継続できるからだ。

監視には、中国の勤労世代のほとんどが持っているスマホが強力なツールとなる。これまでも警察は、市民の移動や彼らのネット上での行動を監視するため、市民のスマホ情報を幅広く活用してきた。新型コロナウイルスの流行は、政府が市民のスマホデータをさらに徹底活用する動機になるだけでなく、その大義名分にもなる。市民のスマホデータを徹底活用すれば、聞き取り調査担当者らは感染者を特定しやすくなる。同ウイルスの大流行を懸念している諸外国は、中国当局によるこうした監視方法から、感染拡大防止策に関する教訓を得られるか注視している。

中国治安当局の監視システムは高度に統合されており、ほぼ全国民の最新の個人情報をいつでも大量に提供できると考えられている。新疆ウイグル自治区については、この推測は当たっているだろう。スマホや各所に設置した顔認証カメラで収集したデータから熱心なイスラム教徒や少数民族文化を好む人など当局が危険視する人物を特定し、その情報を基に当局は100万人以上を拘束し、「再教育センター」に収監している。

■だが、難しい組織を超えた情報の共有

だが、こんな取り組みをしているのは新疆ウイグル自治区だけだ。各省間や省と中央政府の間で、データを共有するシステムを構築するのははるかに難しい。各省とも中央政府に少しでも評価されようと競うため、省同士が互いに協力することはあまり期待できない。中国でAI(人工知能)の開発に取り組んでいるある海外企業のトップは、一つの企業内でデータを統合するのは簡単だが組織を超えて統合するのには時間がかかると指摘する。「担当者はリスクを取りたがらず」、何もしない方がデータを共有するより安全だと考えるのが普通だという。

たとえ最高の技術と互いに協力できる官僚機構を構築できても、コロナウイルス感染者を追跡するのは困難だろう。今世紀に入ってエボラ出血熱や重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行が世界中で警戒されたが、コロナウイルスとは異なり、それらは感染後すぐに症状が出るため観察は容易だった。

従って、中国国有企業の中国電子科技集団が「濃厚接触者」を検知するアプリを開発中だとして非常に期待されているが、その評価については慎重に判断した方がいい(同社は新疆で運用されている監視技術の多くを手がけている)。このアプリは、国家衛生健康委員会や交通運輸省、中国国家鉄路集団、中国民用航空局が収集した市民の移動に関するデータや健康状態、感染者との接触の有無といった情報を統合・分析し、その内容を当局に提供するという。しかし、その作業がどれほど進んでいるのかは不明だし、そもそも着手されているのかも不明だ。

■データの有効活用、民間企業の方が有利

現在のコロナウイルス対策としての中国のデジタル監視システムは、各省や市当局、あるいはアリババ集団や騰訊控股(テンセント)などの民間企業が入り乱れて築いているのが実態だ。杭州市の孫さんをトラブルに巻き込んだアプリは、アリババ傘下でスマホ決済「支付宝(アリペイ)」を手掛けるアント・フィナンシャルが開発した。アリババによると、杭州市での試験運用を経て今や200の市が利用しているという。アント・フィナンシャルは、同アプリの全国展開を計画中だ。

アント・フィナンシャルの担当者によると、アリペイとセットになっている同アプリは、政府がまとめたデータを利用している。テンセントも対話アプリ「微信(ウィーチャット)」で、同じデータを利用するアプリを提供しており、現在は同社の本拠地の深圳で使われている。ウイルスとの戦いで収集したデータを最も有効活用できるのはこうした民間企業かもしれない。政府機関と異なり、全国規模で顧客を把握しており、いつでも詳細な個人情報にアクセスできるからだ。

アリペイもウィーチャットもユーザーの位置情報を収集している。テンセントはウィーチャットを通じ、利用者の通信相手も把握している。スマホ決済サービスのウィーチャット・ペイとアリペイは、送金相手も把握している。両社とも、それぞれ自社のアプリを通じてユーザーがどんな旅行切符等を購入しているか購入履歴からつかんでいる。つまり、政府より市民の行動や、彼らが何を話しているのかをリアルタイムで把握しているのだ。

中国でも民主主義国でも、市民はIT(情報技術)企業が収集するユーザーデータをどう利用しているのか懸念している。だがコロナウイルスの世界的大流行が起きた場合、その封じ込めに個人情報の利用拡大が役に立つなら、人々は個人データの収集についてもっと寛大に考えるようになるかもしれない。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. February 29, 2020 All rights reserved.

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