赤い糸 人つなぐ紐帯 塩田千春、故郷・岸和田で初個展
文化の風

2020/2/28 2:01
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現代美術家の塩田千春が、故郷の大阪府岸和田市では初となる個展を開いている。生とは何か、存在とは何か……。拠点を構えるドイツ・ベルリンでの創作を通じ、根源的な問いと向き合い続けてきた。ふるさとで制作した作品は、人のつながりやぬくもりを感じさせる。

赤い糸が複雑に絡み合う作品は塩田の代名詞(大阪府の岸和田市立文化会館)

赤い糸が複雑に絡み合う作品は塩田の代名詞(大阪府の岸和田市立文化会館)

子供たちの思い

岸和田市立文化会館マドカホールの展示室。赤い糸が複雑に絡み合う空間に、たったいま風に舞い上がったような紙が浮かぶ。核となるインスタレーション「永遠の糸」だ。「かぞく」「ともだち」「いのち」……。293枚の紙にかかれている言葉や絵は、塩田の出身校を含む市内5つの小学校の子供たちの「大切なもの」。どれも自由に漂っているようだが、糸でしっかりと支えられている。がんじがらめとも解釈できる。

糸による大規模な作品は塩田の代名詞の一つ。キャンバスに油絵の具で描くことに満足できず、行き着いた手法だ。一本一本の糸が見えなくなると作品は完成に近づく。「物ではなく、その奥にある何かが見えてくる」のだという。

「糸は切れたり、絡んだり、張り詰めたりする。人間関係にも同じ言葉が使われる」。糸は人をつなぐ紐帯(ちゅうたい)だ。母校の港南造形高校(在籍当時は港南高校)の生徒たちの力を借り、延々と張り巡らせた長さは42キロメートル。「タイトルの前に言葉を入れるとすれば"人と人をつなぐ"永遠の糸になる」。他に、赤い糸を使ったドローイング作品5点と映像も展示している。

24歳でドイツに渡り、今年で24年。自らにとっての節目での里帰り個展に「母が一番喜んでくれた。私も実家から自転車で来られる会場は初めて」と笑う。2019年は東京・六本木の森美術館で回顧展「塩田千春展 魂がふるえる」を開催。入場者は66万6千人と同館歴代2位、個展として最高を記録した。それと比べるとこぢんまりとしているが「本当に『これを見せたい』というところが全部できた。私自身がキュレーションをして、作品を作るというところに持ってこられた」と満足げだ。

自らの生涯回顧

故郷に対しては複雑な思いも抱えていた。実家はかつて、魚や果物を入れる木箱工場を営んでいた。「人が機械のように働いているのがすごく嫌で、自分は精神的な世界に行きたいと思っていた」。小学生の頃から絵画教室に通い、卒業する時には画家を目指していた。今回、作品を作りながら「(子供時代の)ぐずぐずした気持ちとか、何者にもなり得ない自分とか、そういう気持ちを思い返していた」と明かす。

作品とともに、自らの生涯と幼少期から現在までの創作をたどるパネルも展示した。「現代美術は難しい、分からないというところを跳び越えて、理解してもらいたい」との思いだ。

それを眺めると、15年のベネチア・ビエンナーレで日本館代表作家を務めた際の「掌の鍵」以降の糸を使った作品に赤色が目立つ。この作品は、先人の記憶を次代につなぐことがコンセプトだった。「大切なものを続けてなくした後だったからかも」と塩田。13年に流産を経験し、父親も亡くした。自らはかつて患ったがんが17年に再発し、治療を受けながら創作を続けた。

死の影によって、生が際立つ。不在によって、物や場に宿る記憶や魂を想起させる――。塩田の数々の作品からは、ものごとの表裏一体性がみえてくる。今回の作品も、有限の命を意識したからこそ「永遠の糸」に子供たちの思いを託したように思える。さらには自身が死の恐怖や孤独感を強く感じたからこそ、生の温かみや人のつながりを感じさせるのかもしれない。3月15日まで。

(西原幹喜)

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