古井由吉氏死去 五感生かし生の深淵に迫る
濃密な文体、随想と小説のあわい縫う

文化往来
2020/2/27 15:33
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2月18日に死去した古井由吉氏。「内向の世代」の代表的作家で、ムージル、ブロッホなどドイツ語文学の翻訳でも知られた

2月18日に死去した古井由吉氏。「内向の世代」の代表的作家で、ムージル、ブロッホなどドイツ語文学の翻訳でも知られた

2月18日に82歳で亡くなった古井由吉氏は、五感を十全に生かし、生の深淵に迫った作家だった。70代以降はほぼ隔月ごとに短編を文芸誌に発表し、それを単行本にまとめてきた。子どもの頃に一家で引っ越した経験を振り返る短編などを収めた「鐘の渡り」について、2014年に取材したときには「音や声を通じて時間や空間を表現したいと思っている。年を重ねるにつれて、耳は不思議な鋭敏さを持つようになった」と話していた。

終戦間際の叔父の戦病死と住居の修繕工事の騒音に悩む現在の暮らしを結びつけた短編など、8編で構成する「この道」に関しては、19年のインタビューで「目は見えにくく、耳も遠くなったが、においは前よりも感じやすくなった気がする」と明かした。そうした五感の鋭さは、03年に本紙に連載したエッセー「東京の声 東京の音」(「ひととせの」に改題)でも発揮された。時空を往還しながら、そこかしこから聞こえてくる音や声に耳を傾けた。

山中で出会った青年と神経を病む少女との恋愛小説「杳子(ようこ)」で芥川賞を受賞。その後も長編「槿(あさがお)」(谷崎潤一郎賞)など男女の奇妙な関係を描いた作品を発表するが、次第に随想と小説のあわいを縫う独自の文学世界を構築する。加えて熟読を迫る濃密な文体は、お笑い芸人にして芥川賞作家の又吉直樹氏をはじめ後輩の作家たちに影響を与えた。

1945年5月の空襲で東京の家を焼け出され、父の故郷、岐阜県大垣市に疎開した後も空襲で家を焼かれた。その原体験は2011年刊行の連作短編集「蜩(ひぐらし)の声」など晩年の作品で度々取り上げられた。それは災厄を語り継ぎ、危機感を共有してもらうことも文学の役割と考えていたからだろう。

(中野稔)

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