長谷川博己さんの光秀 主役感出さない「管理職」の艶
最近は地上波テレビの視聴率と併せて、放送から7日以内に録画再生視聴した「タイムシフト視聴率」なども注目されるようになってきました。NHK大河ドラマ『麒麟がくる』は、午後6時からのBS放送やタイムシフトにおける視聴率も加えると視聴率は高い水準で安定しているようです。

『麒麟がくる』の主人公は主君・織田信長を殺害したことで有名な武将・明智光秀。演じているのは長谷川博己さんです。物語は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という三英傑が活躍するより前、彼らが登場する原点となる時代から始まっています。
このドラマで描かれる光秀には、武士としての勇敢さと共に、知性と品格が漂っています。その風格に、ネットでも「こういう光秀を見るのは新鮮だ」「光秀の前半生は歴史好きからしたらロマンがある」などと、長谷川さんが演じる光秀を評価する声が上がっています。
新しい光秀像に新鮮さ
長谷川さんと言えば、今や映画やドラマで欠かすことのできない演技派俳優ですが、メディアで注目されるようになったのは、鈴木京香さんの相手役を務めたNHKドラマ『セカンドバージン』(2010年)ということになるでしょう。この時すでに長谷川さんは33歳でした。
ですので、20代の若手人気俳優の王道ともいえるラブコメ作品などで華やかなブレイクをすることなく、舞台を中心に実力を蓄えてきた役者さんです。元々は文学座出身で蜷川幸雄さん演出の作品などにも出演されてきました。
『セカンドバージン』放送当時は、それほど世に知られていなかった長谷川さんでしたが、高身長でスタイルが良く、それでいて知的な物腰が、女性視聴者のハートを一気につかみ、人気俳優の座へと昇りつめます。
その後は映画『シン・ゴジラ』(2016年)、TBSドラマ『小さな巨人』(2017年)など、話題の作品で主演を務めてきました。
ただ、主演といっても「いかにも」な感じではありません。一見、穏やかな雰囲気を持ちつつも確かな存在感が、長谷川さんの魅力なのだと思います。
このいかにもな主役感を出さないという立ち位置は、ビジネスの世界でも、特に管理職世代では有用なのかもしれません。
部下に対する気遣いを見せられるか
管理職は、常に上と下からの板挟みです。まずは、自身の部署において、部下や後輩の力を存分に発揮させるような牽引力と包容力が必要とされます。そうするなかで下からの信頼を得ていくのですが、この過程で威圧的な言動や振る舞いをすると、部下たちの気持ちは離れていき、逆効果となってしまいます。いかにも上司であるというような圧力は、部下たちを委縮させ、チームの良質なパフォーマンスにはつながりません。
NHKの情報番組「土曜スタジオパーク」に長谷川さんがゲスト出演した際、『麒麟がくる』の帰蝶役を代役で務めることになり、遅れて撮影に参加した川口春奈さんがVTR出演していました。そのVTRにおいて川口さんは、座長(トップ)である長谷川さんについて次のように述べていました。
「うれしかったのは、結構遅い時間まで撮影が続いて、キャストもスタッフさんもヘトヘトに疲れていたとき、長谷川さんがビールを買ってきて下さっていて『ちょっと一杯飲もう』とスタッフさん何人かと、私もそこに入らせてもらって……。すごく緊張しているし、なじめていない不安もあるなか、それはすごく救われたというか……。お酒を飲みながら、何気ない話を聞いて下さったり。すごく嬉しかったのを覚えています」と、長谷川さんの現場での空気作りに感謝していました。
それを見た、長谷川さんは「座長らしくは苦手なんですが、(川口さんも)入ってきたばかりだったので、いろいろコミュニケーションを取りたかったですし。無理やり誘って嫌がられたら、嫌だなと思いながら。今、喜んでいると聞いて良かった。ホッとしました」と、自身が無理強いをさせていなかったかどうか、その気遣いを見せていました。
上役に毅然とした態度を見せられるか
このような、若い共演者に対する気遣いや配慮は上司としての部下に対する態度と同じでとても重要な役割であるといえます。
一方、管理職は上に対しても、毅然とした態度が求められます。長谷川さんは上と対峙する光秀を演じるにあたって、その心がけを『THE21』2月号(PHP研究所)の特別インタビューのなかで次のように語っています。
「(明智光秀は、)上司に対してズバッと言うし、知性と品性で進んでいく光秀は『今の世の中にいたらいいな』という人物だという気がしていて、そういうつもりで演じています」
上司に対してズバッと言う姿勢は、知性と品性が伴っている人こそ説得力が増すと思います。日々の仕事を通して得たことや業務に不可欠な情報を自分のなかにストックしているからこそ、知性は身に付けられるものであり、また品性は、日々の言動や行動のなかからにじみ出てきます。
そう考えると、明智光秀を演じている長谷川さんもまさに今の時代に必要な管理職タイプといえるのかもしれません。
大河ドラマは一年間という長丁場ですから、長谷川さんも「すごく大変で、疲れすぎて『もう嫌だ』となるところもある」と語っています。ですが、次の日の朝には、「素晴らしい経験をさせてもらっている」と、気持ちを入れ替え、リスタートしているのだそうです。
日々の繰り返しは確かに疲れますが、その日の経験はその日にしかないもの……。日々の経験をストックしていくなかで、知性や品性を磨きつつ、上司や部下との間で上手な連携を図っていけたら理想的です。
現実にはなかなか難しいことではありますが、『麒麟がくる』の長谷川さん演じる光秀を見ながら、自身の理想に近づくエッセンスを感じとっていけたらと思います。
経済キャスター、ファイナンシャル・プランナー。日本記者クラブ会員。多様性キャリア研究所副所長。テレビ、ラジオ、各種シンポジウムへの出演のほか、雑誌やWeb(ニュースサイト)にてコラムを連載。主な著書に『デフレ脳からインフレ脳へ』(集英社刊)。株式市況番組『東京マーケットワイド』(東京MX・三重TV・ストックボイス)キャスターとしても活動中。近著に「資産寿命を延ばす逆算力」(シャスタインターナショナル)がある。
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