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躍進日本ラグビー 内部データが語る勝因と課題

2020/2/29 3:00
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昨年のワールドカップ(W杯)で初の8強に進出したラグビー日本代表の土台にあったのが、計画的な体づくりだった。「世界一の練習量」による肉体強化が、強豪国を幻惑する速いテンポの試合運びに結実した。本番中の体調管理も成功した。その秘訣をチームの提供によるデータで解き明かす。

W杯8強進出には「世界一の練習量」による肉体強化があった

W杯8強進出には「世界一の練習量」による肉体強化があった

「練習量は間違いなく世界で一番」。W杯の開幕前、日本ラグビー協会の藤井雄一郎・男子15人制強化委員長は胸を張っていた。

昨年2月から開幕前まで断続的に続いた長期合宿。練習の強度は、「鬼教官」だったエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチ(HC)時代と同等以上。今回は時間も長かった。6~8月の合宿では連日6時間以上の練習が続き、「ラグビー人生で一番きつい」と漏らす選手が続出した。

■数字が裏付ける世界一の練習量

そのハードワークは数字で裏付けられる。スポーツの練習量を示す数値に「RPE(主観的運動強度)ユニット」がある。選手が練習の厳しさを10段階で評価した数値に、練習時間(分)を掛けて算出する。ラグビーでは1週間の合計が5000になればかなりきついが、6月の合宿では全選手の平均値が約1万に達した。

「まさか1万までいくとは思わなかった」。ジェイミー・ジョセフHCのもとで体づくりを担当した太田千尋ストレングス・アンド・コンディショニング(S&C)コーチは振り返る。

ここまで膨らんだのには理由がある。「他のチームと同じことをやっていたら同じ結果にしかならない。データ上、リスクがあっても、そこでどうすればケガをせずにできるか、ジョセフHCらは試しながらやっていた」と太田コーチ。W杯8強という壁を越えるため、限界を少しずつ押し上げるように鍛錬を重ねてきた。

ケガが多発しかねない練習量を乗り越えるための準備は綿密だった。例えば、酷暑への対策として選手全員の汗を分析。体質ごとに練習後に飲む電解質の量を変えていた。そのかいもあり、前回大会までの4年間に発生した熱中症が今回はゼロだった。

睡眠の質を改善するため、選手に入浴剤を渡して所定の時間、湯につかることも指示。練習前にはウオーミングアップの時間をたっぷり30分とり、激しい動きにも備えた。S&Cコーチ陣やトレーナーら、スタッフが一体となっての努力に選手も応えた。「リカバリーに対する選手自身の意識がとても高かったことが大きかった」と太田コーチは振り返る。

もう一つの武器となったのがRPEなどのデータである。「この練習量なら選手はこれくらい疲労する。じゃあ、どれくらい練習量を下げると次にまたいい練習ができるか、というのを把握しながらトレーニングを設計することができた」と太田コーチは話す。疲労度やケガのリスクをコーチ陣が話し合いながら微妙なさじ加減をすることで、常識外れの練習が可能になった。

毎日のRPEや疲労度などは選手自身がスマホなどを使って記録していた。そのためのシステムがワンタップスポーツ。ジョーンズ前HCとユーフォリア(東京・千代田)が共同開発したもので、現在は14競技の日本代表が採用する。同社の宮田誠代表は「様々なデータを組み合わせて練習の負荷の調整や、コンディション管理、次の試合への調整というサイクルを行ったという意味では、ラグビーの日本代表は突出していた」と話す。

■強豪国撃破へ追求した「速さ」

「世界一の練習」はただ厳しかっただけではない。はっきりした目標とコンパスを携えての鍛錬でもあった。

日本が強豪国を破るため、特に追求したのが「速さ」だった。攻守の切り替えの時の速さ、運動量を生かした速い試合展開……。それを実現するため、チームには4つの数値目標があった。

1つ目はボール・イン・プレー。試合中にボールが動いていた時間のことで、スクラムやラインアウト、反則が多いと短くなる。逆に、ボールが良く動くテンポの速い試合ではこの数字は伸びる。日本は従来の34~36分を大きく上回る40分を目標にしていた。

2つ目はハイ・インテンシティー・アクセラレーション(HIA)。直訳すれば「高強度加速」となる。急激な加速をどれだけできていたかを示す数字だ。全地球測位システム(GPS)で計測した選手の加速度をもとに算出する。選手が防御ラインを上げたりボールをもらったりして加速した回数のうち、1秒間当たりの速度の変化を示す加速度が2.5メートル毎秒毎秒に達した場合がHIAとなる。

3つ目のハイ・インテンシティー・エフォート(HIE)は、加速以外の動きも含む「高強度」の動きの総数を指す。一定の基準以上の急減速や激しい衝突、ジャンプなどの総数として導き出す。

4つ目がアップ・アンド・ゴー。ラックからボールが出た際、選手が立ち上がって動き出す速度が相手より速かった割合を示す。倒れるなどして死に体になった選手がプレーに復帰できた速さを表すといえる。

4項目を高めるためのアプローチも明確だった。「加速回数などを増やすには、自分の体重をしっかり支えてより速く動かす力が求められる。そのために下半身と体幹の筋力を高め、さらに素早い動きのトレーニングを上乗せした」と太田コーチは説明する。

日本がフィジカルで世界と差があるというのは過去の話

日本がフィジカルで世界と差があるというのは過去の話

下半身の筋力は全選手の平均で10%向上。スクワットの最大重量をみると、当初は体重の160~170%の重量が限界だったが、W杯前にはほぼ全員が体重の2倍をクリアした。

■フィジカルで劣るは過去の話

目標の4項目も、本格的な体力強化に取り組んだ2017年からの約2年で大きく上昇した。特に、加速の質と量を示すHIAは毎分0.6~0.8回から2回に増えた。その結果、キックした後の上がりの速さやボール奪取後の逆襲の鋭さも向上した。W杯で日本が逆襲から奪ったトライは全体の過半数の7本に到達。15年W杯では、この形のトライはゼロだった。

「過去やったことのないことにチャレンジして、選手がそこに順応した。そこが日本の強さなのかな」と太田コーチ。今や強豪国との体重差はかなり縮まり、持久力や加速回数などではむしろ上回る。「日本がフィジカルで世界と差があるというのは過去の話。そう言えるレベルになった」と胸を張る。

データの活用や疲労回復の工夫は、W杯中の体調管理にも効果十分だった。数字ではっきり見て取れたのが、選手の総合的な体調を示す数値である。

1次リーグでは試合ごとに選手が大きく消耗するものの、2日後にはかなり疲労が抜け、試合当日にはほぼ万全の状態に回復していた。4連勝による初の8強入りは長短期の体づくりの計画がはまったからでもあった。

一方、データからは日本がさらに上に進むための条件も分かる。

過去4戦と違う状況で迎えたのが、準々決勝の南アフリカ戦だった。直前のスコットランド戦からの回復が遅れ、睡眠の質も落ちた。筋肉痛などで体に痛みを抱える選手も増加。疲労度の数値が悪いまま当日を迎えた日本は優勝国に完敗した。

日本はW杯の5戦で先発15人をほとんど変えなかった。他の8強勢が選手を変えながら1次リーグを戦ったのとは対照的だった。8強の壁を破るためには一戦必勝で臨む必要があったからでもあるが、「日本がベスト8より上に行くには、選手層を厚くしないといけない」とリーチ・マイケル主将も指摘する。

次のW杯は本番中の体調管理もさらに洗練させる必要がある。自国開催の今回は中6~7日の十分な休養を取って戦えたが、23年フランス大会は中3~4日の試合が組まれる可能性が高い。

今大会の日本の秘密兵器が、民間の低温治療施設だった。疲労の大きい選手をマイナス100度以下の超低温の環境に送り、回復を早めていた。強豪国ではおなじみのこの機器をアウェーの環境でも準備できるかどうか。

■ラグビー界一体でデータ蓄積

データの使い方もさらに洗練させたいと太田コーチは言う。その一つが、負傷の自動警告システム。蓄積しているデータを生かし、RPEや疲労度、体の痛みなどから各選手の翌日の体調を予測。リスクの高い選手に注意を促すシステムの開発に乗り出している。

太田千尋S&Cコーチが理想とするのは国内各選手のデータベースの構築

太田千尋S&Cコーチが理想とするのは国内各選手のデータベースの構築

ラグビー界が一体となったデータやノウハウの蓄積も次のステップになる。「W杯の情報やデータをできるだけシェアしていきたい」と太田コーチ。貴重な経験をラグビー界全体に広めるため、トップリーグの担当者を集めた情報交換会などから始めている。

太田コーチが理想形と考えるのが、国内の各選手の体調や筋力、GPSの数値などを網羅するデータベースの構築である。「代表がデータで目に見える目標をつくれれば、トップリーグの選手や大学生のレベルが上がる。ポテンシャルのある選手も見つけられる。選手の直近のコンディションを知っておけば、代表合宿に呼んだときの練習などもやりやすくなる」

ニュージーランドやスコットランド、アイルランドなどのラグビー界はこうした仕組みを備えている。チームの外側の体制もさらに整備されれば、アウェーのW杯に向けた大きな追い風になる。

(谷口誠)

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