新型コロナ、潜むインフレリスク(The Economist)

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2020/2/25 0:00
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我々が恐れなくてはならない唯一のものは、恐れることそのものだ――。かつてフランクリン・ルーズベルト米大統領が語ったこの考え方は、景気悪化の多くの場合に当てはまる。恐れることそのものが引き起こす投資や消費を避けようとする行動が、経済的な繁栄に対する最大の脅威であるからだ。

新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大で閑散とする北京のショッピングモール=ロイター

新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大で閑散とする北京のショッピングモール=ロイター

これまでのところ世界は、死者数が2000人を超えた新型コロナウイルスによる肺炎「COVID-19」の感染拡大も決して例外ではないと、これまでの脅威に対するのと変わらぬ方法で対処している。アジア各国の中央銀行は金融緩和に動き、政府は経済への打撃を抑えようと財政支出策を準備しつつある。

だが、新型肺炎は従来型の経済的な脅威とは異なる。ウイルス封じ込め策は、工場閉鎖やサプライチェーン(供給網)の寸断によって経済活動を制限している。こうした供給ショックは不安に伴う企業や投資家らの投資の手控えよりも対応するのが難しい。

人々がお金を使うことをやめると、経済成長が減速し、インフレ率は低下する。だが、供給が思い通りにできなくなると、経済が動揺しているにもかかわらず、物価上昇のペースが加速することがある。

感染拡大がもたらす供給ショック

エコノミストが初めて供給ショックに対峙したのは、食料や石油の供給減少で30年間に及んだ先例のない経済成長が途絶え、景気悪化と物価上昇が同時に進むスタグフレーションが到来した1970年代だった。供給ショックを受けてエコノミストの意見は割れた。各国政府は失業増加と高インフレのどちらに優先的に対処すべきかを巡って案の定、論争が起きた。最終的にはインフレ抑制を重視するタカ派が勝利を収め、その後数十年に及ぶ中銀の役割が築かれた。

新型肺炎の感染拡大は70年代の石油危機や食料危機と同様に、世界の生産基地である中国に予想もしなかった事態をもたらしている。中国人労働者の移動が制限される限り、世界最大の輸出大国の店舗や会社、工場は業務を再開できない。その結果、中国からの供給に依存する企業は在庫が減り、業務縮小を余儀なくされている。

米アップルは17日、供給網の問題からスマートフォン「iPhone」の生産が制限され、売上高予想を達成できないとの見通しを発表した。韓国の現代自動車は部品不足により国内での生産を減らしている。英自動車大手ジャガー・ランドローバーは18日、今後2週間で部品が底をつく可能性があるため、緊急に中国から(英国へ)スーツケースに入れて部品を空輸することを明らかにした。

もっとも、70年代に確立された供給ショックという認識が今でも当てはまるかどうかは、はっきりしない。実際には需要ショックと供給ショックの違いは曖昧だからだ。

米プリンストン大学のアラン・ブラインダー氏と米連邦準備理事会(FRB)のジェレミー・ラッド氏は2013年に発表したスタグフレーション時代を再考した論文で、供給だけでは70年代の失業急増を説明できないとしている。実際には物価上昇が需要に影響を及ぼし、その方がより重大な問題だったという。物価上昇によって先行き不透明感が高まり、家計の可処分所得が減り、貯蓄の価値が目減りした。

世界のインフレはなお低水準

その後の出来事は供給ショックに対するこのより込み入った見方を裏付けている。2007年の原油価格急騰で米国の家計消費は冷え込み、景気後退(リセッション)に陥る要因となった。

11年の東日本大震災とそれに伴う東京電力福島第1原子力発電所の事故は、中国の産業界と同様に重要な供給網のニッチを担う日本の産業界に打撃を与えた。この大災害で日本の生産と輸出は大幅に減少した。(そして被害が最も大きかった地域の経済活動は長期にわたり他の地域に移った)。だが供給が打撃を受けても、日本はデフレ状況であり続けた。

さらに、関税引き上げは理論上、供給を寸断し物価を上昇させる。しかしこれまでのところ、米中貿易戦争の主な経済的影響は景況感の悪化と設備投資の減少、金利低下だ。一方、新型肺炎の感染拡大は中国の商品需要と中国人の旅行プランに打撃を与えている。どちらの影響も03年の重症急性呼吸器症候群(SARS)流行時と同様に、従来どおりの形で世界経済の需要を低下させる。

現在の経済状況も70年代とは大きく異なる。特に重要なのは、世界のインフレは不可解なほど低水準にとどまっているという点だ。つまり、政策立案者は足元のインフレを悪化させることなく景気刺激策を打ち出せる。売り上げの減少が従業員の解雇やさらなる消費低迷、深刻な景気停滞へと移行する恐れがある中国では、刺激策を実行に移すことが賢明だ。

中国と経済的な結びつきが強い国々も消費の下支えに動いているのは正しい。日本が19年に消費税率の引き上げに踏み切ったのは、結果論ではあるが最悪のタイミングだった。19年10~12月期の国内総生産(GDP)は年率換算で前期比6.3%減となった。

世界経済に迫り来る未知の脅威

新型肺炎が世界で猛威を振るう事態になれば、世界経済全体でも今の中国と同じように景気刺激策が必要になる。そこで問題となるのは金利がすでに低水準にあるため、中銀の打つ手が限られる点だ。もっとも、ウイルスを封じ込めても、比較的影響を受けていない国の政府が難しい対応を迫られる可能性もある。現代の中銀が原油急騰の際にそうしているように、一時的な供給ショックに見舞われた政策立案者は、経済成長とインフレはいずれ平常に戻ると国民を安心させなくてはならない。

だが、供給寸断が続けば対策を修正する必要が出てくる。新たなサプライヤーを探して契約を結び、新規顧客を開拓しなくてはならない。業を煮やした企業は中国との関係を断つ時期が来たと判断するかもしれない。こうした変化の影響は予測しづらい。

この変化を受けて中国経済が一段と低迷すれば、欧米の経済もデフレ圧力が強まる可能性がある。もっとも、世界がこの20年間低インフレにとどまった要因と多くのエコノミストが指摘する数十年に及ぶ経済統合の流れが逆方向に進めば、眠っていた物価上昇圧力が目を覚ましかねない。マクロ経済政策の立案者らは、再び景気低迷下でインフレ上昇と闘うべきか否か苦渋の決断を求められる可能性がある。

未知の脅威に見舞われた政策立案者にとっては、過剰反応も不十分な対応も深刻なリスクをはらむ。生産網と金融システムをより強靱(きょうじん)なものにしておく時間は残念ながら過ぎ去ってしまった。

70年代から得られる最も重要な教訓はおそらく、ショックが起こるとそれまで当たり前だった経済のありようが、驚異的なスピードで経験したことのない状況に一変してしまうことだろう。世界はこの教訓を、今回の感染拡大が起きる前にきちんと理解しておくべきだった。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. February 22, 2020 All rights reserved.

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