巨人の知、次世代に継承へ 団藤氏資料を龍谷大が保存

2020/2/21 11:30
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東大法学部長や最高裁判事などの要職を歴任した刑事法の第一人者、故団藤重光氏(1913~2012年)の膨大な書籍や記録などの遺品を寄贈された龍谷大がデジタル化などによる保存に取り組んでいる。書簡やメモなども含めると10万点規模に及び、没後8年近くになるが手付かずの資料も。次世代への継承に向け、数少ないスタッフで難事業を進めている。

 故団藤重光氏の保存記録のデジタル化を進める福島至教授(右)ら(1月、京都市伏見区の龍谷大)=共同

故団藤重光氏の保存記録のデジタル化を進める福島至教授(右)ら(1月、京都市伏見区の龍谷大)=共同

京都市伏見区の龍谷大キャンパス。地下1階の部屋には天井まで延びる18の電動式書架が連なり、団藤氏が手元に残した記録や雑誌、新聞の切り抜き、自ら撮った写真、メモ帳などが並ぶ。室内は24時間の空調管理で温度や湿度を一定に保つ。

寄贈は夫人の遠縁に当たる龍谷大矯正・保護総合センターの福島至教授(66)が生前の団藤氏へ依頼し、快諾を得たのがきっかけ。団藤氏の東京都内の自宅をはじめ、顧問を務めた企業の部屋や長野・軽井沢の別荘などに所有していた書庫や倉庫などから全て移した。

 故団藤重光氏が関与した「峰山事件」上告審判決の記録。反対意見の推敲や人物相関図が手書きで残る(14日、京都市伏見区の龍谷大)=共同

故団藤重光氏が関与した「峰山事件」上告審判決の記録。反対意見の推敲や人物相関図が手書きで残る(14日、京都市伏見区の龍谷大)=共同

最高裁判事時代の事件記録は団藤氏が個別の意見を付したものを中心に60件ほどが残る。福島教授が調査を担当したのは1980年2月の「峰山事件」上告審判決。一審の初公判から二審判決まで25年近く費やした審理が迅速な裁判の保障を定めた憲法37条に反するかが争われた刑事事件だ。

裁判官5人中3人による合憲の結論に対し、反対意見を表明した団藤氏。「著しく不当な訴訟の遅延がみられる場合には迅速な裁判の権利保障のためだけでなく、裁判実務一般に対する警告の意味でも手続きの打ち切りはやむを得ない」。記録には、免訴を相当とするとの見解を導く過程が手書きの草稿から推敲(すいこう)段階まで細かく残る。

資料の分析は福島教授を中心に、刑事法や法制史、憲法など各分野の専門家が共同して担当。29日にはこれまでの研究内容を1冊にまとめた書籍も刊行される。

所蔵する本には至る所にメモが記載され、きちょうめんな人柄をしのばせる。法学を中心に国内外の著名な学者らと幅広く交流した書簡や写真も保管し、水彩画や重要会合のスケッチもあった。

将来的な保存と公開に向けた記録や資料のデジタル化は気の遠くなりそうな手作業だ。台に載せた資料のページやメモを1枚ずつめくり、上方に固定したカメラで撮影。紙質が劣化した古いものはうかつに触れると破損の恐れもあり、慎重に進める必要がある。

保管や管理に携わるセンターのスタッフも数人程度。福島教授は「早く全容を公にしたいが、大変な資料の量で何がどこにあるのかさえ完全には分からない状況。先は長いけれども、貴重な発見への夢がある作業です」と話す。〔共同〕

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