静まるオフィス、受注10倍の工場 感染拡大 変わる日常
新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大を受け、企業活動や私たちの生活にも大きな変化が起きている。一部の企業はテレワークを推し進め事業継続を実践、就活まっただ中の学生はマスク姿で防衛しながら奮闘する。感染防止に手洗い励行が叫ばれる中、需要が急増した消毒液の工場はフル稼働。一方、インバウンド需要が急減したバス会社の経営者は新規開拓に奔走する。国内での感染者が日に日に増える中、変化に揺れる各地の対応を追った。
オフィス閑散も危機管理奏功■

昼間でもしーんと静まりかえったオフィス。IT大手のGMOインターネットグループは、国内の全従業員の9割弱にあたる4000人ほどを在宅勤務させている。当初は1月末から2週間程度の予定だったが、感染状況を慎重に検討し延長を決めた。
通常の業務には支障は出ていないばかりか、「家族とのコミュニケーションが増えた」「仕事に集中できる」という声も多いようだ。現在出社している社員は、人事や総務などの管理部門が中心だ。
来訪者への感染対策も徹底している。取材で訪れた記者は、まず受付に設置したサーモグラフィーで体温を測定し、続いて消毒液で手を洗い、マスクを着用してオフィスへ。
ここまで素早い対応ができたのは、東日本大震災以降、全従業員が在宅勤務の「訓練」を重ねてきたからだ。また十分な備蓄を確保するなど、常に事業継続計画(BCP)に取り組んでいるという。広報チームの石井晴美マネージャーは「今後、危機対策のノウハウを他社にも公開する予定です」。
動かぬバス 顧客開拓に奔走■

大阪府内の貸し切りバス運行会社駐車場には、稼働していない観光バスがずらりと並ぶ。ここ数年はインバウンド需要に支えられ、ほぼフル稼働の状態だったが今は全23台のうち5台程度しか動いていない。
2月中旬、経営者の男性は新たな顧客開拓のため韓国・ソウルへ向かった。しかし「ニーズが日本を飛び越え、フィリピンやマレーシアに向かっている」と厳しさを訴えた。それでも今は従業員の健康管理に気を配りながら、「国内マーケットの開拓にも力を注ぐ」と前を向く。
営業活動のため地域の企業や学校を回ると、「今までやってこなかったが反応は悪くない。これからはインバウンドだけでなく足元も大切にしたい」。
素顔を隠して就活奮闘■


都内で開かれた就活生向けの合同企業説明会。リクルートスーツに身を包んだ学生たちが、1人ずつ入り口で手のアルコール消毒をする。イベントを開催する就活支援団体は「就活生の健康」を懸念し、新型肺炎の感染防止に取り組む。
「今の時期に肺炎になってしまったら、3月の就活エントリー開始に影響が出る。絶対にかかりたくない」。説明会に参加した3年の男子学生はマスク姿で話す。また既に数社と面接したという3年の女子学生は、「マスクをつけているから顔を覚えてもらえないのが悩み。発言や質問を積極的にして名前を覚えてもらうようにしている」。
受注10倍 増産急ピッチ■

大きなトイレットペーパーのような塊が回転を続ける--。おしぼりの製造企画を手掛けるFSX(東京都国立市)の工場では、連日フル稼働だ。
注文が急増したのは1月末にWHOが「緊急事態」を宣言する少し前から。使い捨てタイプの出荷量は前月比で21%増え、洗浄して再利用するレンタルタイプも併せて、1日約27万本を出荷している。

売りは抗ウイルス・抗菌の水溶液を染み込ませた特許技術のおしぼりだ。飲食業界からの需要先細りを懸念し、「より付加価値の高い商品を」と大学発のベンチャーと共同で開発した。
2009年に豚インフルエンザが流行した際、ある航空会社からの、「機内でウイルス対策ができる使い捨てのおしぼりはできないか」という問い合わせがきっかけだった。
今回、新型肺炎の感染拡大で中国に進出する日本企業からも注文が相次いでいる。
一方、透明な液体を詰めたボトルが絶え間なくラインに流れていくのは、アルコール消毒液のトップメーカーである健栄製薬の松阪工場。こちらも連日15時間のフル生産が続く。現在、1日のアルコール消毒液の生産量は約10万本で、普段の約10倍の受注が入っている。
例年であれば9月ごろからインフルエンザの流行を見越して在庫を積み上げていた。ところが1月末から事態が変わった。インフル向けの出荷と重なり、瞬く間に倉庫の在庫は通常の3分の1ほどになった。
中国工場停止 国内生産へ■

「オーダースーツ専門店ツキムラ」の店舗では、2月に入り日本国内で縫製する生地がラックを覆い始めた。中国にある契約工場で6割を縫製してきたが、一時は全工場が生産停止となったため国内工場への転換を始めた。運営するラガゾット(大阪市)によると、湖北省の工場に発注した480着のスーツは縫製が止まったままだ。
浙江省にある工場は再開したが、「中国からの供給が不安定な状態が続くのは避けたい」(岸裕亮専務)。同社は一部商品の縫製拠点を国内に振り替え、今後はその比率を上げていくことを検討している。入学や入社の時期を控え、まさに今がかき入れ時。商品をそろえるため生産管理の担当者は対応に追われる。
(矢後衛、小園雅之、目良友樹、樋口慧)

新型コロナウイルスの感染症法上の分類が2023年5月8日に季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行しました。関連ニュースをこちらでまとめてお読みいただけます。
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