始まりは「章男のホビー」 車ネットがトヨタを変える
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2020/2/25 2:00
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名古屋市中心部にある「コネクティッドセンター」。中央は運営するトヨタコネクティッド社長を務めるトヨタ副社長の友山茂樹氏(写真:上野英和)

名古屋市中心部にある「コネクティッドセンター」。中央は運営するトヨタコネクティッド社長を務めるトヨタ副社長の友山茂樹氏(写真:上野英和)

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自動車業界に変革の嵐が吹き付ける中、日本勢でただ1社、気を吐くトヨタ自動車。地道に磨いてきた自動車の製造能力もトップクラスだが、自動運転や電動化といった「CASE」を中心とした次世代に向けた秘密兵器も温めている。それが2015年前後から本格的に稼働させた、クラウド管理による遠隔情報サービス。常時100万台以上の車をネットワークでつなぎ、地図の精緻化や車両点検といったソフトサービスの提供を可能にしている。

名古屋市中心部にある高層ビルの1フロア。ここに、トヨタのコネクテッドサービスの司令塔「コネクティッドセンター」がある。整理された200以上の座席には訓練を積んだオペレーターが座り、全国のトヨタ車オーナーの車内から届く問い合わせに答えている。

「今から軽井沢に行くんだけど、お薦めのランチはありますか」。そんな都内にいるオーナーに対し、オペレーターは検索して店舗の候補を挙げ、予約までを代行する。ここまでならクレジットカードのコンシェルジュサービスのようだが、コネクティッドセンターでは自動車の位置情報も捉えている。遠隔でナビを設定し、到着までの所要時間も正確に計算する。

(写真:上野英和)

(写真:上野英和)

オペレーターが調べるために保留できるのは90秒まで。それを超えるとデスク上の画面が赤く光る。問い合わせ件数は1日最大8000件ほどで、2020年は230万件となる見込みだ。災害時にも対応できるよう、埼玉県と山形県、沖縄県にもデスクを設けている。

現在、国内にあるトヨタのコネクテッド車は約100万,台。センターではこれらの車の「健康状態」も常に把握している。部品に異常の兆候が見られると、車のダッシュボードに警告を出し、必要ならオペレーターが口頭で助言する。事故などの緊急時には、車内と連絡を取って救急車を呼ぶなどの対応をする。

情報は一方通行ではない。車両の遠隔管理により、センターには日々、膨大なデータが入ってくる。車載カメラの映像やタイヤのセンサー情報などだ。これらのデータを蓄積し、分析することで、凍結など道路の状況がわかったり、将来の混み具合を予測して道案内したりすることも可能になる。

■孫正義氏と豊田章男氏の出会い

豊田章男社長が「トヨタはモビリティーカンパニーになる」と宣言したのは2018年のCES。発言の背景にあったのが、このコネクティッドセンターの存在だ。モビリティーカンパニーとは「車を造って売るだけではなく移動に関するあらゆるサービスを提供していく会社という意味」(トヨタコネクティッド社長を務める友山茂樹トヨタ副社長)。トヨタは16年に全ての車に車載通信機を置く戦略を打ち出し、その情報を活用する取り組みを進めていた。

トヨタのコネクテッド戦略の入り口をひもとけば、さらに20年前、1998年に遡る。IT(情報技術)とトヨタ生産方式で販売や物流をカイゼンする業務改善支援室の室長だった豊田章男氏が「もっと顧客との接点が欲しい」と言い出したのがきっかけだ。まだインターネットが一般に普及していなかった時代。まずは中古車を画像で確認できるネットワークシステム「Gazoo(ガズー)」のキオスク端末を4000台ほど造り、全国のトヨタ販売店に置いた。

この頃、ソフトバンクの孫正義氏がトヨタを訪れ、画像での中古車販売を請け負うと申し出たのは有名な話だ。「お客さんとの接点になるITは製造業が手掛けないといけないという危機感があった」(友山氏)ことから章男氏は断るが、トヨタ社内から「なぜうちがチャラチャラしたことをしているのか」といった批判も出ていた。

友山氏はそのとき、ある役員から言われたことを覚えている。「Gazooは章男のホビーだ」──。

逆風にさらされながらも章男氏と友山氏は顧客との接点を求め続けた。目を付けたのが、コンビニエンスストアだ。音楽のダウンロードサービスなどエンターテインメント機能を加えた端末をつくり、ファミリーマートやサンクスなどに置いたのだ。この機器の管理をするため2000年に「ガズーメディアサービス」として発足した会社は衛星通信システムも所有。「お客さんとの接点は車の中でいいのでは」という発想の転換で、コンビニから撤退し、車載通信機の実用化に踏み出した。

Gazooの端末と友山氏(写真:上野英和)

Gazooの端末と友山氏(写真:上野英和)

通信機は05年、高級車「レクサス」に標準搭載されたが、その後10年ほどは鳴かず飛ばずで、コネクティッドセンターは「レクサスのコールセンター」と見られることもあった。しかし、高速通信網の確立と端末の高性能化でデータの有用性が飛躍的に向上。「MaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)」という言葉の普及とともに主役へと駆け上がっていった。

データ活用は新たなビジネスにも発展している。代表的なのが、シンガポールの配車大手グラブに提供するトータルケアサービスだ。トヨタのコネクテッド車とセンター機能を使って、車両を遠隔で管理する。ドライバーを評価して、保険にも反映。車両データをトヨタ販売店と共有して故障も未然に防ぐ。中国では滴滴出行(ディディ)との合弁会社で同様の事業を展開している。

国内にあるトヨタ車は約2000万台で、年150万台のペースでコネクテッド化する見通しという。10年ほどでほぼ全てのトヨタ車がクラウド上のネットワークに入る計算だ。

「環境対応や安全装置によって原価が高くなるなか、車のライフサイクルにおいて事業収益を確保するという考え方が重要」と友山氏は指摘する。シェアリングとコネクテッドのインフラを押さえていることは、トヨタの隠れた強みだ。

■友山茂樹・トヨタコネクティッド社長に聞く

――20年前から手掛けるコネクテッド技術の重要性が高まっています。

友山茂樹・トヨタコネクティッド社長(トヨタ副社長。以下、友山氏) 2000年に前身会社を立ち上げたとき、高速通信網や安価な小型デバイスはなかった。顧客との接点を持つ必要があると危機感を持ち、キオスク端末を造ってディーラーやコンビニに配った。その後、技術が追いついてきて、接点を車の中に設けることができるようになった。トヨタは16年にコネクティッド戦略を打ち出し、車載通信機の標準装備を決めた。その後に「MaaS」という言葉が出てきた。

■「コネクティッドがなければ普通の会社になっていた」

コネクティッド事業は会員収入が増え、急速に成長している。この会社がなければ、トヨタは普通の製造業の会社になっている。(システム会社などに)外注してコストを支払い、顧客情報を持てず、ビッグデータも取れていなかった。

――販売店ネットワークとの連動が強みになっています。

友山氏:世界のトヨタの販売店は約1万6000店ある。これを重荷と捉えるかどうかは我々の戦略次第だ。自動運転が広がれば、頻繁な点検が必要になる。コネクティッド車が増えるとトヨタは車の状態を把握できる。販売店と情報を共有すれば、整備工場を有効活用できるし、ソフトのダウンロード拠点にもなる。それら総合的なサービスの先駆けがグラブや滴滴出行で起きている。

――今後、コネクテッド車はどのようなペースで増えますか。

友山氏:個人で所有しようが、シェアリングが広がろうが「車の保有」は変わらない。今のところ日本に2000万台あるトヨタの車のうちコネクティッド車は約100万台で、5%程度にすぎない。ただ、今後は日本だけでも年150万台規模で増え、コネクティッド比率は急速に高まっていく。世界1億台の車が全てつながれば、保有の強さは無限大だ。それこそリアルの強さになる。

――販売後も含め、将来の事業モデルをどう考えていますか。

友山氏:国内で見ると、保険も入れたアフターマーケットは20兆円以上の市場がある。このうちディーラーが押さえているのは2兆円程度。保険やメンテナンスはコネクティッドと関連するので、我々にとっては非常にチャンスだ。車が情報発信装置となれば、パートナーと連携して、バリューチェーンを拡大していける。環境対応や安全装置の搭載で車の製造原価は上がっている。車のライフサイクル全てにおいて事業収益を確保するという意味でも、コネクティッド技術は重要になる。

――21年には実証都市「Woven City(ウーブン・シティ)」の建設が始まります。

友山氏:ウーブン・シティでは車がスマートホームや道路インフラとつながり、ステージはモビリティーサービスからトータルライフサービスに移る。例えば、物流システムとも連携していく。それぞれのデバイスがソフトを持つが、これらがうまく連動して機能しないと、バグのために都市の機能がおかしくなる可能性がある。

(トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメントCEOのジェームス・)カフナー氏は「人中心のアプリやサービスを皆が開発できる環境を整えると同時に『Woven Cityデジタル版』で新しいモビリティーから日常生活までシミュレーションできるようにしよう」と言っている。そのとき、トヨタはおそらく都市のOS(基本ソフト)を提供しないといけない。膨大なソフトだが、一度組めば全体をメンテナンスしやすくなるし、ソフトの概念がなくなるかもしれない。ウーブン・シティは終わりがなく、メンテナンスしながら進化していくモジュールだ。それを組み合わせると、大きな街になる。東富士以外にもできて、それを幹線路でつないでいくのが将来のイメージだ。

友山氏(写真:上野英和)

友山氏(写真:上野英和)

■「グーグル、アップルに対抗するつもりはない」

――トヨタはどこまでを自前で手掛けますか。

友山氏:よくグーグルやアップルに対抗するのかと聞かれるが、そんなつもりはない。音楽やニュースなどスマートフォンでできる領域は任せ、我々は安全・安心に車に乗っていただくためのサービスに注力する。ソフトの更新は不可欠で、OTA(無線通信による更新)はしないといけない。車を通してオーナーと会話をすることも、商品価値として提供していく。車が徐々に心を通わせる存在になっていくイメージだ。会話履歴は残るので意図が通じやすくなり、買い替えても以前と同じ環境を体感できる。これは車がコモディティー化していく中での重要な差別化の要素で、我々に提供する能力がなければ、車はただの移動装置になってしまう。

我々はモータースポーツもしているが、レーシングカーは最新のコネクテッド車だ。車両データをもとにシミュレーションし、より速く安全に走れるソフトをつくっている。車の「走る、曲がる、止まる」を成長させ、運転技術や運転シーン、地域に合わせてソフトをチューニングすることも、品質と安全を保証する我々の役割だ。ただ、世界で圧倒的なシェアを持つIT企業が、この領域に進出してきているのも事実だ。どういう連携をしていくか、というのはあるが、リアルの部分を奪われてはいけないと考えている。

(日経ビジネス 北西厚一)

[日経ビジネス電子版 2020年2月17日の記事を再構成]

 日経ビジネス2020年2月24日号の特集テーマは「クルマ大転換」。世界で400兆円規模の自動車のバリューチェーンを狙い、新興EVメーカーやソニーなど新たなプレーヤーが活発に動いています。あらゆる産業を巻き込んだ壮大な秩序のつくり直しの最前線をリポートします。

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