イチから分かる諫早湾干拓問題 21日から差し戻し審

2020/2/20 14:00
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諫早湾干拓事業の潮受け堤防排水門(長崎県諫早市)

諫早湾干拓事業の潮受け堤防排水門(長崎県諫早市)

長崎県の国営諫早湾干拓事業を巡り、国が潮受け堤防排水門の開門を強制しないよう求めた訴訟の差し戻し審が21日、福岡高裁で始まる。2002年、養殖ノリの不作を理由に漁業者が堤防工事の中止を求めて起こした訴訟から18年。法廷闘争は今も続き、決着の道筋は見えない。国や県、漁業者、営農者らの利害が絡み合う難題を見つめ直すため、これまでの経過と論点を整理した。

■干拓は江戸時代から

長崎、佐賀、福岡、熊本の4県にまたがる九州最大の湾、有明海。その南西部から長崎県側に深く入り込んだ水域が諫早湾だ。

諫早湾の干拓の歴史は江戸時代に遡る。堤防で徐々に海を閉め切って約3500ヘクタールの平野ができ、水田が作られた。長崎県下で最大の穀倉地帯となった一方で、住民を悩ませたのが水害だ。山に囲まれ、上昇気流が発生しやすいため、集中豪雨や洪水が頻発。有明海は遠浅で水の行き場がなく、町中が浸水して農作物がたびたび損害を受けた。

「堤防で町を守ってほしい」。住民の要望を受け、1952年に西岡竹次郎知事(当時)が発案したのが約1万1千ヘクタールの諫早湾を閉め切って干拓地をつくる「長崎大干拓構想」だ。

県は、国との調整を経て規模を3分の1に縮小し、86年には干拓農地約870ヘクタールと調整池約2600ヘクタールを整備する「諫早湾干拓事業」に着手。97年には全長7キロに及ぶ潮受け堤防が閉め切られ、総事業費2530億円をかけた事業は08年に完了。営農が始まった。

■養殖ノリ不作が契機

関係者が干拓事業の行方を司法に委ねるきっかけとなったのが、潮受け堤防の閉め切りだ。

有明海の養殖ノリが変色したり、二枚貝タイラギが大量に死滅したりするなど甚大な漁業被害が表面化し、佐賀、福岡、熊本3県の漁業者らが開門して調査するよう国に求めた。一方で、事業を推進する長崎県は干拓農地に海水が入って塩害にさらされることを懸念して開門に反対した。

 国営諫早湾干拓事業の潮受け堤防によって閉め切られた調整池。右は有明海(2019年9月、長崎県諫早市)=共同

国営諫早湾干拓事業の潮受け堤防によって閉め切られた調整池。右は有明海(2019年9月、長崎県諫早市)=共同

政府は02年、約1カ月堤防を開門し環境調査を行ったが、有明海の改善は見られず因果関係がないと判断。06年には「今後は開門調査を行わない」との方針を示した。

納得がいかない有明海沿岸の漁業者ら約2500人が02年11月、国を相手取り、工事中止を求めて佐賀地裁に提訴したのが、今日まで続く長い法廷闘争の始まりだ。

同地裁は08年、一部の漁業被害を認め、3年以内に堤防を開き、5年間開門調査をして有明海の環境変化を探るよう国に命じた。国や被害が認められなかった漁業者の一部が福岡高裁に控訴。同高裁は10年12月、一審判決を支持し国に開門を命じる判決を言い渡した。

上告断念を決めたのは民主党政権の菅直人首相(当時)だ。福岡高裁判決は確定し、国は13年12月までに開門する義務を負った。政府関係者によると、農林水産省は最後まで上告を主張したが、自民党による巨大公共事業に強く反発していた菅氏の判断だったという。

「地元を犠牲にするんですか」。11年、長崎県の中村法道知事は、説明に訪れた鹿野道彦農相(当時)に声を荒らげた。干拓地での営農は始まっていたが、政府側から開門による農業への影響など具体的な道筋が示されなかったことも批判を浴びた。

だが、12年衆院選で自民党が政権を奪還すると、国は諫早湾干拓を巡る政策を転換。判決の履行期限を迎えた13年12月20日、国は確定判決に従わず、開門しなかった。司法判断はその後、揺れることになる。

長崎地裁は13年11月、干拓地の営農者が申し立てていた開門差し止めを国に命じる仮処分を決定。この決定に基づき、営農者は開門した場合に国に制裁金を払わせる「間接強制」を申し立て同地裁に提訴。同地裁と福岡高裁は15年、国に1日49万円の制裁金の支払いを命じる決定を出した。

一方、漁業者ら開門派も10年の確定判決の履行期限直後の13年12月24日、同判決に基づき、国が開門するまで制裁金を支払わせる間接強制を佐賀地裁に申し立てた。14年の同地裁、福岡高裁ともに国に1日49万円(後に90万円に増額)の支払いを命じた。

これにより国は、開門してもしなくても制裁金の支払い義務が課せられる異例の事態となった。国は異議を申し立てたが、裁判手続き自体に問題がないことを理由に最高裁は正反対の司法判断の両方を支持し、異議を退けた。

袋小路に入った国は16年、一つの和解案を示した。開門はしない前提で、有明海の調査や水産資源再生のための100億円の基金を設立する内容だ。開門義務を負った10年判決に反するが、国は「当時とは有明海の環境などの事情が変わった」と主張。同判決の執行力をなくすよう求める請求異議訴訟も並行して起こしていた。

この訴訟を巡り、佐賀地裁は14年に国の請求を退けたが、福岡高裁は18年、国の案に沿った和解勧告を出した。「司法自ら判断せず政府の言いなりなんて愚の骨頂だ」。漁業者らは猛反発して和解協議は物別れに終わり、同高裁は国の逆転勝訴を言い渡した。

判決理由では漁業法で存続期間が10年と定められている「漁業権」が焦点となった。高裁は10年判決時にあった漁業権は13年8月の免許期限で消滅していると指摘。「前提となる漁業権がない以上、開門請求はできない」とした。漁業者側は「漁業権は再取得したため権利は続いている」と反論したが、高裁は免許が切れる前後の漁業権は別物と判断。他の論点に触れずに国の主張を認めた。

この高裁判決について最高裁は19年9月、漁業権は免許更新後も継続しているとして「是認できない」と指摘。有明海や諫早湾内の環境変化など漁業権以外の論点についてさらに審理を尽くし、10年判決に基づく間接強制が現在でも妥当な手続きかどうかを判断するよう高裁に差し戻した。

諫早湾干拓事業を巡る訴訟で、「破棄差し戻し」の紙を掲げる漁業者側(2019年9月、最高裁前)

諫早湾干拓事業を巡る訴訟で、「破棄差し戻し」の紙を掲げる漁業者側(2019年9月、最高裁前)

21日から始まる差し戻し審では、再び諫早湾干拓事業の是非を巡る本格的な審理が始まるが、問題の長期化を招いた司法判断の「ねじれ」に対する関係者の不信感は募る一方だ。

開門派弁護団長の馬奈木昭雄弁護士は「司法での解決には限界がある」として、開門・非開門を前提としない和解案を協議すべきだと主張。一方、農水省幹部は「開門しない司法判断が積み上がっており、現状のスタンスを変えるつもりはない」と強気の姿勢を見せる。高裁側は期日以外にも定期的に話し合う場を設け、和解に向けた地固めを進めるとみられる。

干拓農地で営農を続ける70代男性は「現地で生きている人が置き去りにされてきた。国と裁判所が責任をもって決着をつけ、私たちの生活を安定させてほしい」と話す。

長年訴訟に関わってきた佐賀県太良町の漁業者、平方宣清さんは「人生計画が狂ってしまった人も多い。豊かな海に戻すため、営農者との共存を図りながら真の解決を目指してほしい」と訴える。

長い間、法廷闘争に翻弄されてきた周辺住民は、今回の差し戻し審の行方を注視している。

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