/

トム・モリス 「ファー&シュア」でナイスショット(下)

 19世紀半ばに英セントアンドルーズに生まれ育ったトム・モリス。息子のトム・モリス・ジュニアはゴルフの全英オープンに4連勝してチャンピオンベルトを永遠に獲得したことで知られているが、父のオールド・トム・モリスはこの世界最古のトーナメントである全英オープンの開催に尽力し、自身も4勝を挙げ、最後の優勝はいまだに破られていない最年長記録である46歳のときだった。しかもオールド・トムはギアメーカーであり、コースデザインも行い、グリーンキーパーとしても大変な功績を残しているスーパーゴルファーだった。そんなオールド・トムのゴルフの基本を練習にも取り入れよう。(日本経済新聞出版社「書斎のゴルフ VOL.45」から)
19世紀のスコットランドでは、ゴルフは紳士だけのものでなく、淑女も楽しんだ。あごひげのトム(中央下)はパイプをくゆらせながら、そうした紳士淑女にゴルフレッスンを行った

プレストウィックGCにトム・モリスを招いたコロネル・フェアリーは、このコースの実質のオーナーであるアール・エリントン卿と、世界一のゴルファーを決めるチャンピオンシップをこのコースで行うことを画策する。

それまでは各クラブのプロが勝手に試合を組んでいたわけで、プロが一堂に会する大会はなかった。誰もが一番うまいゴルファーは誰なのか、知りたがった。故にそのトーナメントは「ジ・オープン」と名づけられた。全英オープンの誕生である。

エリントン卿は、モロッコ製の赤い革と銀のバックルのついたチャンピオンベルトを優勝者に進呈することにした。そのベルトは優勝者が次の年まで保有できる権利を持ち、3年連続で勝てば永久に所持できる。試合は12ホールのプレストウィックを3日間回って、計36ホールのストロークプレーで争われることになった。

第1回大会は1860年に開催された。大会を催す意図が各クラブにうまく伝わらず、集まったプロはわずか8人だったが、トムの他にルックことボブ・アンドリュー、売り出し中の若手であるウィリー・パークなど実力者がそろった。

歴史的な第1打は、ホームコースプロであるトムが放った。しかし打つ瞬間に突風が吹いて砂が目に入り、打球は狙いから外れた。この日はそのショットを象徴するようなラウンドだった。トムは3日間とも粘り強く戦ったが、パークの強打と正確なアプローチショットの前に1打及ばなかった。

しかし翌年の第2回は見事に雪辱を果たし、トムは前年のパークより11打もスコアを縮めて初優勝を遂げたのである。夢に何度も描いたように、暖炉の飾り棚にチャンピオンベルトを置くことができた。そして、その翌年も優勝を成し遂げたのである。

正確にリズム刻む「時計スイング」

トムのスイングは「クロックワーク・スイング」と呼ばれた。つまり「時計スイング」である。「チック、タック」というリズムが正確に刻まれ、きれいな円が描かれた。このスイングをフェザリーボール時代の「オールド・セントアンドルーズ・スイング」と呼ぶ人もいたが、とにかく真っすぐ狙い所に飛んだのだ。

ただし、真っすぐ飛んだが、あまり飛ばなかったといわれていた。だがそれはトムの少年時代の頃のフェアウエーがあまりにも狭かったからで、思い切り振ることをしなかったからである。

実際、飛ばし屋のパークが出現して、パワーがなければ勝てないとわかってからは、好きだったパイプたばこをやめて肉体を鍛え、パークよりも飛ばしていたことが明らかになっている。

「チック、タック」。この言葉と響きに僕は何ともいえない郷愁を感じる。セントアンドルーズのオールドコースでラウンドしたとき、この言葉を心の中で唱えながらスイングした。スイングする前から「チック、タック、チック、タック……」と。すると心が落ち着いてナイスショットができた。

清元登子プロが教え子の不動裕理プロや古閑美保プロにメトロノームが刻む音を聞かせながらスイングをさせたというが、まさにそれと同じだと思った。190年以上も前にトムがしていたとは。永遠不滅のレッスンだったのだ。

フェアウエーウッドの名手だったトム。ロングノーズのウッドヘッドでうまくグリーンをとらえた

また、トムは素振りをするときに「ファー&シュア」と唱えていた。「ファー&シュア」、つまり「遠くに、そして正確に」というのはゴルファーなら誰もが知る大昔からの理想のショットである。この言葉をトムはスイングするときに唱えていた。

「ファー」でバックスイングして、「シュア」で打つ。「アンド」はトップでの切り返しである。トムはこれを息子のトミーこと、トム・モリス・ジュニアにも教えていた。

「本日最初のティーショットを打つときは、特に素振りでこれを唱えるといい。バックスイングがゆっくりになるからだ」

息子のトミーはトムのこのアドバイスにこう言っている。

「ダッド、短く『ファー・ン・ショー』でいい。『ン』で切り返すんだよね」

このことを最近知った僕は、これを自分のスイングに取り入れた。素振りだけでなく、本当にボールを打つときにも「ファー&シュア」と唱えるのだ。すると、リズムがよくなってこれまたナイスショットになる。しかも、この言葉を唱えると気分がすこぶるよくなるのである。

昔からある言葉を唱えて打つ喜び。セントアンドルーズで、羊飼いがウサギの穴に小石を入れたのがゴルフの始まりといわれるが、この「ファー&シュア」には長きにわたる歴史あるスポーツ故の響きが漂うのである。

荒れ放題のセントアンドルーズ再生

トムは64年、クリスマス前の日曜日に、13年住んだプレストウィックを離れ、生まれ故郷のセントアンドルーズに戻った。43歳のときだった。冬の朝日に光り輝くセントアンドルーズの家並みを見て、目から涙があふれたという。

アラン・ロバートソンが亡くなった後に荒れ放題となってしまったセントアンドルーズ。コースは手入れをされていないばかりか、ガタパチャボールの出現で急激にゴルファーが増え、手がつけられないほどのひどい状態だった。

フェアウエーの草は伸び放題で牛が闊歩(かっぽ)。グリーンはデコボコで赤茶色に変貌。ウサギが掘った穴やアイアンのディボット跡はそのまま。水たまりも放置されていた。トムは一つ一つ、これらを改善していった。

まずは「牛をリンクスで飼うことはできない」というルールをロイヤル・アンド・エンシェント・クラブ(R&A)に新しく作ってもらい、芝を刈り、ディボット跡も埋めてフェアウエーを修復した。プレストウィックで成功したように砂をまいてグリーンをよみがえらせた。

貝殻だらけでパットもできなかったヒーザリーホールにはオランダから芝の種を取り寄せてまいた。1つのグリーンを2つのホールで共有するダブルグリーンに広げてプレーをしやすくしたし、フェアウエーも広げていろいろな戦略ルートが立てられるようにした。

やっかいだったのはハリエニシダ。コースの至るところに生息しているこの低木を、トムは厚い手袋をはめて1人で刈り取っていった。何年もかけて何千というハリエニシダを樽(たる)に入れた。ハリエニシダとの格闘のおかげで、トムはこの間、全英オープンには勝てなかった。

プレーに夢中の息子のトミーには理解できないことだったが、このトムの努力があったからこそ、セントアンドルーズはよみがえり、今なお、世界一といわれるゴルフコースとして存在しているのである。

パットは「届かなければ入らない」

67年の秋。ようやくプレーに集中することができるようになったトムは、チャンピオンベルトを奪いに行った。

ショットは素晴らしかったが、パターは若い頃から苦手だったトム。「ショートパットをミスる人」「情けないパットをする男」という汚名を返上するためにもカムバックは必要だった。

打てどもショートする父を見て、トミーに「カップのほうから1ヤード近づいてくれれば入るけれど」と同情されたこともある。過去の全英オープンを見てもパットが入っていれば勝てた大会がいくつもあった。

トムはこの大会で、ロフトがほとんどないドライビングパターを使い、風の下を通す鋭いドライバーショットを放ってフェアウエーをキープし、セカンドショットでは得意のフェアウエーウッドでグリーンに乗せていった。

そして肝心のパターも打ち切った。トミーが常にしっかりと打ち、ボールにオーバースピンをかけているのを参考にしたのだ。

「ネバーアップ、ネバーイン」

トムはそう唱えてカップに向かってしっかりとパットした。

「届かなければ入らない」は、トムが残した金言である。

こうしてトムは全英オープン、4度目の優勝に輝いた。このとき彼は46歳。この最年長優勝の記録は、148回を迎えた昨年も破られていない。

トムは全英オープンで、1860年に行われた第1回こそ優勝を逃したが、翌年の61年、翌々年の62年、64年、46歳となった67年と4度の優勝を成し遂げた

厚い雲に覆われていたセントアンドルーズのオールドコースに一条の光が差した。神が舞い降りる地上への道にそれは見えた。またはゴルフを愛する人が天国に昇っていける道かもしれない。

18番、ホームホールと呼ばれるこの最終ホールのグリーンはトムが新しく造ったもの。高く土を積んでやや高台のグリーンとした。その土にはコレラで死んだ人たちの骨が埋まっているというが、だからこそ「天国のグリーンだ」とトムは言ったという。信心深いトムの言葉である。

墓は天国に通ず。セントアンドルーズに眠っている人の魂は、トムを含め、皆天国へ召されているのだろう。

(文:本條強、引用文献:「60歳からの真剣ゴルフVOL.3」〈書斎のゴルフ別冊〉)

「書斎のゴルフ」公式ホームページはこちら。http://syosainogolf.com/index.html

書斎のゴルフ VOL.45 読めば読むほど上手くなる教養ゴルフ誌 (日経ムック)

出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,430円 (税込み)

一生に一度旅してみたいゴルフコース 世界の名門22コース

著者 : 伊集院 静
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,650円 (税込み)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン