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新人・佐々木朗に幸い 「研究者」コーチとの出会い

編集委員 篠山正幸

「文献を見ると」「研究の結果によると」……。ロッテ・吉井理人投手コーチの話を聞いていると、野球の取材というより大学の講義を聴いている、と錯覚する瞬間がある。ゴールデンルーキー、佐々木朗希(岩手・大船渡高)はプロ人生の第一歩を、この投球学の"研究者"とともに踏み出した。

投げないながらに、欲求不満にならず、いかに練習の充足感を得てもらうか。吉井コーチが、佐々木朗ら、新人のために組んだ初めてのキャンプのメニューは、血気盛んな選手の心理に配慮しながら、飛ばしすぎを防ぐ、絶妙のプログラムになっていた。

佐々木朗のブルペン入りは沖縄・石垣島でのキャンプ最終日の13日となった。キャンプに備え、いつでも投げられるように準備してきた佐々木朗にとって、投げてはいけない、という指令は拍子抜けするものだったに違いない。

初のブルペンで投球練習する佐々木朗。右は吉井コーチ=共同

だが、そこには精神的な点、肉体的な点、双方の根拠があったようだ。

高校生最速の163キロをマークし、昨季のドラフトの話題の中心となった佐々木朗。ブルペン入りとなると、大騒ぎになるのは間違いなく、それは無意識のうちに、ルーキーの肩に力を入れさせることになるだろう。また、18歳の肉体は日々変化している。スペック=仕様の変化に気づかないまま、エンジンを吹かしたらどうなるか――。そんな危惧から吉井コーチはブルペン入りに待ったをかけたようだ。

「(冬期間)ボールを投げる練習をあと回しにして、体力トレーニングをして、(肉体的に)ものすごくいい、となったときに投げて、それで故障する選手が若い子には多い」

プロの先輩たちの中に入ると、まだきゃしゃな佐々木朗の肉体だが、高校3年の昨夏と比べたら、大きく変化しているはずだ。肉体のギャップに構わず、以前と同じ感覚で投げたときに、バランスを失い、フォームを崩す選手が、特に高校からプロ入りした選手には多いという。それは36年前に和歌山・箕島高から近鉄入りした吉井コーチが体験したことでもあった。

文献では「40メートル超えると…」

佐々木朗のキャンプの練習はしばらくの間、塁間より少し長めの30~40メートルのキャッチボールが中心となった。また、跳び箱の跳躍板のような傾斜が付いた台に、坂道を上る向きに乗り、ネットに向かって投げ下ろすトレーニングも行った。

もちろん、吉井コーチが課したこれらの練習には、それぞれ理由があった。傾斜板を使った練習は下半身、特に股関節をしっかり決めて動くこと。「アマチュアの人たちは今まで軟らかいマウンドだったと思うが、プロは硬いマウンドになる。しっかり股関節にはめ(て投げ)ないと、故障もあるし、フォームのバランスも崩すので」と説明した。

「文献」という言葉が出てきたのは、なぜキャッチボールを40メートルまでとするのか、という質問を受けたときだった。「いろんな文献を見ていると、40メートルまでは球速が上がったり、投球の質が上がったりする。それを超えると(投げ出しの)角度が変わる。それで良くなることもあるけれど、悪くなって、バラバラになることもある」

文献は米国の研究成果を含む。吉井コーチは日本ハムのコーチ時代、球速記録を更新し続ける大谷翔平(現エンゼルス)の肘にかかる負荷に関し、英語の論文を当たってみている、と話していた。

工藤公康・現ソフトバンク監督、巨人などで活躍した仁志敏久さんとともに、筑波大大学院に通い、野球の指導法を研究。修士号も取得した「学者」として、吉井コーチが論文に言及するのは自然なことなのだが、キャンプの現場で耳にすると、まるで別世界のことを話しているように思えてしまう。

そのまま伸ばす「無為自然」主義

佐々木朗の左脚を高く上げるフォームについて、こう語った。「研究の結果、脚の高さとボールの速さはあまり相関関係がない、といわれている。でもやっぱり、脚を高く上げた方が、勢いがつくし、バランスをとりやすい。たくさん投手を見てきたなかで経験的に、速球派の好投手には(ノーラン)ライアン、(ロジャー)クレメンスら、脚を高く上げる人が多い」

おそらく説得力のある教え方をするには学問的な知見だけでは駄目で、経験の裏付けがあることが重要。その両方を備えるコーチはプロ球界を見渡しても多くはない。

左脚を高く上げるフォームで投げ込む佐々木朗=共同

吉井コーチが、素材になるべく手を加えず、そのまま伸ばしていくべし、という「無為自然」主義の指導者、権藤博さんの薫陶を受けている点にも注目したい。近鉄時代、その指導のもとに頭角を現し、権藤氏も吉井コーチを自身の継承者と"認定"している。

プロに入るような人材はそもそも才能のかたまりであって、誰かに教わらなくても野球ができた人たちである、というのが権藤さんの考え方。「教えられてうまくなったやつはプロにはいない」といい、コーチはでしゃばらず、選手がやる気を持てる環境さえ用意してあげればいい、というスタイルを貫く。

そんな「権藤流」の思想が、キャンプ初日の吉井コーチのコメントにうかがえた。

佐々木朗の動きはどうでしたか?

「よかったです。一番よかったのは機嫌良くやってくれたこと」。確たる理論をもってはいるが、余計なことは言わない、というコーチの存在は佐々木朗にもたらされたプロ人生最初の天恵、ということになるかもしれない。

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