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夢はなぜ見る、なぜ忘れる 最新研究で見えてきた理由

ナショナルジオグラフィック日本版
写真はイメージ=PIXTA

今回は「夢」について、語ってみたい。古来、「夢」は主に霊やお告げなど宗教的な視点から語られ、その中では夢は神や自然など外部から与えられる体験だと信じられていた。

夢が自身の精神機能(精神状態)と関連して内生的に生まれる現象であることを人々に広く知らしめたのは、精神分析の創始者であり神経科学者としての素養もあったジークムント・フロイト(1856~1939年)である。フロイトによれば夢は抑圧された願望の無意識的な発露であり、その暗示を読み解き、抑圧から解放することで、本人も自覚しないストレスに起因する種々の心身症状が治癒し得る(ケースがある)ことを示した。

その後の脳科学の進歩につれて、夢の解釈(夢判断)による治療は科学的根拠に乏しいという批判が高まり、汎用性(多くの患者に効果がある)や再現性(同じ治療法を行えば同等の効果が得られる)も十分に実証されていないこと、簡便な手法ではないことなどの理由から、現在の精神医療の中ではほとんど行われることはない。とはいえ、夢を脳科学的に扱い、夢と精神機能、特に記憶や情動との関連に科学的な光を当てたフロイトの功績は大きい。

本コラムをお読みいただいていればご存じだと思うが、夢の多くはレム睡眠中に見る。レム睡眠中に被験者を起こすとかなりの高率で直前まで鮮明な夢を見ていたことを思い出せる。レム睡眠は睡眠開始後に約90分周期で出現し、一晩に4、5回ほど繰り返す。明け方になるほどレム睡眠は長くなり、鮮明でストーリー性のある夢を見やすい。フロイト好みの夢とでも言おうか。一方で、ノンレム睡眠中にも夢を見ることがあるが、ぼんやりとした曖昧な内容の夢が大部分である。このあたりは「夢はレム睡眠のときに見るのウソ」で詳しく解説したのでご参照いただきたい。

ちなみに、「夢を見る」と表現するように夢は視覚体験が中心であるが、それには理由がある。少し堅い話になるが、レム睡眠時には、脳の下部に存在する「脳幹」と呼ばれる部位から視覚に関わる大脳皮質を活性化する神経刺激が発せられることが確認されているのだ。

これはネコを用いた実験で最初に確認された。脳幹の「橋(Pons)」から「外側膝状体(lateral Geniculate body)」というところを介して大脳皮質の「後頭皮質(Occipital cortex)」に向かう脳波がそのような神経活動の一つで、頭文字を取って「PGO波」と呼ばれる。外側膝状体も後頭皮質もともに視覚に関わる脳部位であり、人でもPGO波と類似の脳波が確認されている。

レム睡眠中に大脳皮質が(おそらくランダムに)活性化され、各領域に保存されたさまざまな記憶が引き出され夢体験となると考えられている。特にPGO波で刺激される後頭葉の活動は夢中では鮮明な視覚体験となって現れているらしい。

もちろん大脳皮質の活性化のされ方によっては音や匂いに満ちた夢があっても不思議ではない。実際、そのようなユニークな夢をしばしば見る人もいる。

イラスト:三島由美子

その一方で、「夢を全く見ない」という人もいる。そのような人でもレム睡眠はちゃんと出現している。夢を見なかった日に、時間を遡って当夜のレム睡眠をチェックすることはできないので厳密に実証することはできないが、普段ほとんど夢を見ないという被験者でもレム睡眠中に起こすと夢を見ていたと答えることが多いので、実際には夢を見てはいるが起床後に思い出せない場合が多いのだろう。

なぜ思い出せる夢と、忘れる夢があるのか? その違いが生じるメカニズムについてはよく分かっていないのだが、一般的に言えるのは、悪夢のような情動を揺さぶられる夢、鮮明な体験の夢などは起床後に思い出しやすい。「PET(陽電子放射断層撮影法)」などを用いて睡眠中の脳の活動を調べると、怒りや恐怖などの情動の発生や記憶に関わる「扁桃体」や、記憶の保存に重要な「海馬」などの脳部位がレム睡眠中に活性化することが明らかになっている。

夢を見ることで不要な記憶を消す?

レム睡眠が情動や記憶と連動することには何か意味があるのだろうか? レム睡眠は、覚醒中に体験した事柄の中で覚えておく必要の無いものの消去や、記憶に伴う過剰な情動を弱めることに一役買っていると考える研究者がいる。DNAのらせん構造の発見者の一人であるフランシス・クリック(1916~2004年)は最初期にレム睡眠による記憶処理仮説を提唱した一人である。

ごく最近、名古屋大学の研究グループが、クリックの仮説を支持する発見をした。マウスの脳内にある「メラニン凝集ホルモン産生神経」と呼ばれる神経細胞群がレム睡眠中に記憶を消去していることを明らかにしたのである。この神経細胞には、覚醒中のみ、レム睡眠中のみ、覚醒中とレム睡眠中の両方、で活動する3種類あることがわかり、レム睡眠中のみに活動する神経群を活性化させると海馬の働きが抑制され、覚醒中に獲得した恐怖記憶が消去されたのである。

この研究をはじめ、今でこそ睡眠と記憶の関係はよく知られるようになったが、クリックが上記の説を提唱したのは1983年、今から40年近くも前のことである。実に慧眼(けいがん)、大研究者の面目躍如と言ったところである。記憶能力(シナプス結合の密度など)には限りがあるため、何らかの方法で記憶の取捨選択(記憶の刈り込みとも呼ぶ)が必要であることは間違いないので、現在ではクリックの仮説を支持する研究者は多い。とすれば朝起きて覚えている夢は処理しきれなかった記憶の残渣であるのかもしれない。「夢を見ない」人は効率よく記憶を消去して翌朝に持ち越さない勝ち組?

最近、タコが夢を見ながら体色を変化させていると銘打った映像がYouTubeに公開された。タコが本当に夢を見ているのか知るよしもないが、めまぐるしく体色が変わる様子を見ていると、何となく不安げな、ときには怒ったような夢を見ているように感じられるから不思議だ。思わず感情移入して、レム睡眠が終わったら嫌なことは忘れてスッキリと目覚めてほしい、と願ってしまった。よかったら一度視聴してみてください。

三島和夫
 秋田県生まれ。医学博士。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2019年10月10日付の記事を再構成]

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