日本武道館(東京・千代田)夢宿す八角形の殿堂

ひと・まち探訪
コラム(社会・くらし)
2020/2/15 12:00
保存
共有
印刷
その他

富士の裾野をイメージした大屋根と、法隆寺夢殿を想起させる正八角形の建物。「日本武道の精神的な表現と千代田城の持つ風雅な環境に最も調和する」として採用された荘重なデザインだが、そのイメージとは裏腹に様々な顔を持つ。

東京五輪・パラリンピックに向け改修が進む日本武道館(東京都千代田区)

東京五輪・パラリンピックに向け改修が進む日本武道館(東京都千代田区)

1964年東京五輪で初めて競技として採用された柔道の会場として、11カ月の突貫工事で完成した。お家芸には全階級金メダルの期待がかかる。だが、男子柔道無差別級ではオランダのアントン・ヘーシンク選手が日本選手を破って金メダルを獲得。日本中が大きな衝撃を受けた敗戦の舞台となった。

より大きな論議を呼んだのは、その2年後の「ビートルズ」来日公演の方かもしれない。武道の殿堂を海外のバンドが使用することに「ふさわしくない」と大反発を呼んだ。当時の三浦英夫事務局長は「文化面での有効活用は建設目的にかなっている」と動じなかった。3日間5回の興行は警察官約8000人が動員され、若者ら約5万人が熱狂した。その様子を見た若手アーティストらが「いつか自分もあそこで」との思いを抱き、武道の拠点は「音楽の殿堂」としての顔を持つようにもなった。

ビートルズの公演を警備する警察官(1966年、日本武道館)

ビートルズの公演を警備する警察官(1966年、日本武道館)

武道の試合をどの観客席からも見やすい八角形の構造としたことが、観客との一体感ができるとしてアーティストにも好評だった。クイーンなど海外の著名グループが次々と公演を行い、80年に山口百恵さんがマイクを置いて引退したのもここだった。コンサートなど一般利用が会場使用の約6割を占め、事務局長の三藤芳生さんは「コンサートでの収入を得て、武道振興に役立てるサイクルができている」と話す。

日本武道館はいま、2020年東京五輪・パラリンピックを見据え改修を進めている。64年はパラリンピックでは使用されず、当時は障害者への配慮という視点はなかった。今回の改修で、車いす席や多目的トイレを増設し、誰でも使いやすい施設への転換を図る。三藤さんは「大会を通じて使う側の目線に立って、施設の利便性を高めていきたい」と大会後を見据えている。(岩村高信)

ビートルズの日本公演で、武道館周辺の交通規制にあたる警察官ら(66年7月)

ビートルズの日本公演で、武道館周辺の交通規制にあたる警察官ら(66年7月)

ソフト警備 「客席通路にも2列に警官が並ぶという異例の厳戒ぶり」(66年7月1日の日本経済新聞)。66年のビートルズ来日公演は音楽史以外にも様々な影響を残した。その一つが雑踏警備。当時の警備は過激なデモ隊対策が主で、音楽イベントなどのノウハウは少なかったという。
 事故を防ぐために動員された機動隊員らは出動服ではなく、多くが制服姿=写真。メンバーを一目見ようと待つファンを説得し帰宅を促すなど、協力を得ながら混乱を防ぐソフトな警備は現在の雑踏警備につながっている。

電子版の記事が今なら2カ月無料

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]