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カクテルの聖地で輝く 3代目三河のエジソンの磨き技

横山興業 「バーディ」ブランドマネージャー 横山哲也氏(上)

横山哲也ブランドマネージャーが率いる「バーディ」の工房は自動車部品工場の一角にある

「カクテルの聖地」と呼ばれる、サボイホテル(英国・ロンドン)の「アメリカンバー」で使われているシェーカーは日本製だ。愛知県豊田市の自動車部品メーカー、横山興業のブランド「BIRDY.(バーディ)」のバー用品は世界17カ国に販路を持ち、同バーをはじめ、多くの有力バーで使われている。自動車部品から派生したという、異色のバー用品が成功した理由を、開発者の横山哲也ブランドマネージャーは「強みのコア技術に絞り込めたことが大きかった」と振り返る。

(下)右回しで味まろやかに 「家飲み」変えるバーツール >>

「バーディ」は2013年、シェーカーをはじめとするバー用品に特化したブランドとしてスタートした。今ではバースプーン、メジャーカップ、ミキシングティンなどに商品の幅が広がった。国内外のトップバーで評価を得ていて、パレスホテル東京のメインバー「ロイヤル バー」でもカクテルづくりに使われている。

横山興業の工場を訪ねてみると、ここでバー用品が生産されているとは思えないほど、典型的な自動車部品工場であることに驚かされる。あちこちで溶接の火花が飛び、プレス機械がうなりを上げている。実際、「バーディ」の製造スペースはこの工場の一角を間借り的に使っていて、事業規模も同社事業の2%程度にすぎない(年間売り上げベース)。しかし、19年の売り上げは初めて1億円の大台に乗った。

「すべてはリーマン・ショックから始まった」と、横山氏は大胆な異分野参入のきっかけを説明する。08年に起きたリーマン・ショックは自動車業界にも影を落とした。1951年創業の横山興業は、半世紀以上にわたり自動車部品を作り続けてきた。自動車メーカーのサプライヤーとして主にシートのフレームを製造している。しかし、「自前で商品を開発する立場ではなく、コモディティーが主体。もらった図面に沿ってパーツを生産するという、付加価値を生み出しにくい業態」だ。

横山氏は創業家の一員だが、大学を卒業後、すぐに家業を継いだわけではない。早稲田大学第一文学部で美術史学を学び、東京でウェブデザインの仕事に就いた。リーマン・ショック後に横山興業内でビジネスモデルの見直しが始まったのを受けて、11年に地元へ戻った。「生産拠点の移転が進んで、自動車部品事業が長期的に厳しいという見通しがあり、様々な模索が始まった」。タイへの進出では自ら現地で立ち上げの支援に取り組んだ。

社内では新たな製品開発に向けた議論が熱を帯びていった。だが、もともと消費者に直接届ける商品を持っていなかっただけに、「コンシューマー向けの開発能力がないだけではなく、開発マインドそのものが乏しかった。溶接やプレスといった自動車技術の転用では、商品イメージの範囲が狭まってしまう」(横山氏)。「自分たちのノウハウの枠内でできること」の制約が発想を妨げた。

「日陰の技術」を掘り起こし

行き詰まった検討チームが試みたのは、「技術の因数分解」だった。「持ち前の金属加工技術をたなおろしして、個別の要素に切り分けた。曲げる、穴開け、削る、溶接するなど、いくつもの作業に分けて、それぞれの競争力や発展性などを掘り下げた」。議論が百出したが、最後に残ったのは「磨く」だった。溶接やプレスといった作業の陰に隠れた、脇役の技術だ。

「自動車部品製造の仕事では割合でいえば、0.1%の技術。パーツの研磨は、加工時の金属ストレスを減らすうえで重要だけれど、工場内では割と目立たない仕事。でも、そこに競争力があった」

「バーディ」のシェーカーは「磨き」が売り物だ。手で握るステンレスの外面を磨くのではない。カクテル材料と氷を入れる内側を磨くのだ。微妙な凹凸を残した研磨がカクテルをまろやかにし、素材の味を引き立てる。横山氏を中心とする検討チームが見付けた磨きの技術は、この内面加工に生かされている。

手仕事の磨き作業が内側の面に複雑な凹凸を生む

工場内の大半を占める溶接やプレスの工程では、機械が主役だ。しかし、「バーディ」の生産ではほとんどを手仕事が占める。「手にしか出せない精度がある」と、横山氏はいう。実際に作業工程を見せてもらうと、熟練した技術者が確かに手仕事でシェーカーを磨いていた。手に持った研磨グラインダーの先には、歯の治療に使うような研磨パーツが取り付けられている。何種類もの研磨パーツを使い分けることによって、繊細な凹凸が生まれるという。

金型を磨く技術をスピンオフさせた格好だが、横山氏が「勝因」とみる絞り込みは、単なる技術の切り出しにとどまらない。シェーカーの場合、デザインや成形など、複数の作業が必要になるが、横山興業ではグランドデザインを除けば、実質的に磨きの工程しか引き受けていないのだ。本体の成型は新潟県の企業に外注し、デザイナーも社外。「内側を磨くというコアな工程だけに集中することによって、付加価値を高めている。手仕事はまねされにくいので、競争力を保つ意味でも内製加工が望ましい」。この徹底した割り切りがもう一つの勝因となった。

競争力やオリジナリティーにつながらない要素を、丁寧にそぎ落としてきた。ブランド名の「バーディ」はゴルフで「1打少ない」という意味。打数がマイナスになるほど価値が高まるゴルフの考え方と、研磨技術やシンプル志向を重ね合わせたネーミングだ。水準を意味する「パー」よりも1段階優れたものをつくるというブランド哲学も表している。「無駄な要素を削り込むという発想は、商品開発やマーケティングでも結果につながった」と、横山氏はいう。一見、市場規模が小さそうに思える「バー」というマーケットに絞り込んだ戦略にもブランド哲学がうかがえる。

「カクテルのプロ」が普及を後押し

バーテンダーというプロからの支持を得たことが追い風となり、近ごろは自宅用に買い求める個人消費者が増えてきた。手軽にカクテルを作れるのに加え、ワインやウイスキー、日本酒、焼酎などの味わいをまろやかに変える効果も売り物の一つ。「全国の名だたるバーを回って、バーテンダーの意見を取り入れながら、開発を進めたことが商品のクオリティーを高めた」(横山氏)。自動車部品という全くの畑違いから立ち上げたビジネスがわずか6年間で軌道に乗った背景には、バーテンダーたちとの関係を深める、地道なバー回りがあった。

「バーディ」の商品ラインアップはバー用品を幅広くカバーしている

今ではカクテルもワインも好んで飲む横山氏だが、もともとは日本酒好きだった。だから、最初は日本酒用のタンブラーを企画した。試作品を持って、日本酒のプロに意見を求めたが、結果かんばしいものではなく、最初のトライはつまずいた。その後、「磨き」のメリットを研究するなか、カクテルツールとしての生かし方を見付け、約10カ月の試作を重ねて、製品化に至った。横山氏は自らもバーテンダー協会に賛助会員として加わり、バーテンダーとのつながりを広げていった。「プロの意見をじかに聞くのが『使い手ファースト』の商品に仕上げる近道。結果的にバーテンダーから認められ、ブランド価値が高まった」

とりわけ大きかったのは、アメリカンバーの10代目ヘッドバーテンダーを務めたエリック・ロリンツ氏との出会いだ。経済産業省が中小企業を支援するプロジェクトの後押しを受けて、ドイツで開催された展示会に14年から出展し、ロリンツ氏の知遇を得た。以後は商品開発のパートナーに迎え、横山氏の知恵袋になってもらった。現在ではカクテルツールの商標も「BIRDY. by Erik Lorincz(バーディ バイ エリック・ロリンツ)」となっている。主にメッセージアプリで意見を交わし合うロリンツ氏の存在を「世界に向かってドアが開いたのは、エリックのおかげ」と認める。世界的コンクールの優勝者でもあるロリンツ氏はグローバルな知見も「バーディ」にもたらしてくれたようだ。

創業者の祖父は「三河のエジソン」と呼ばれたアイデアマンだったそうだ。横山氏の父である2代目も新規事業に取り組んだ。現在の社長である、横山氏の兄も新規事業を後押しした。「基本的に新しいもの好きの家系。DNAは私にも受け継がれている」と、横山氏は異端のスピンアウトが必ずしも一族の系譜では例外にあたらないとみる。だが、「業態転換はしない」と決めて、新規事業の構想を練ったという。「『ものづくりからものづくりへ』というベクトルは保ちたかった。デジタルに走らず、アナログを突き詰めるという逆張りは、自分たちの強みや持ち味を際立たせるうえで、プラスに働いた」。新規事業であっても、「自分たちの歴史から離れない」という、製造業一家のプライドと覚悟が町工場を「バーツールの革命者」に導いた。

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