仏エルメス「持続可能な口紅」が告げる環境新時代

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コラム(テクノロジー)
2020/2/10 2:00
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 環境問題への意識が高まるなか、海外の大手企業が海洋プラスチックごみ(廃プラ)への対応を進めている。仏高級ブランド大手のエルメスは詰め替え可能な容器を使った口紅を明らかにした。ESG(環境・社会・企業統治)を重視する流れのなかで、化粧品や日用品メーカーも、より本格的に容器リサイクルに取り組もうとしている。海外のスタートアップなど、持続可能な製品サイクルを実践する事例を紹介する。

日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

エルメスはこのほど、詰め替えができる口紅を明らかにした。183年に及ぶ同社の歴史の中でも、メーキャップ化粧品に本格参入するのは今回が初めてとなる。近いうちにファンデーションやスキンケア製品など化粧品のラインアップも拡大する計画だ。

エルメスの美容事業への参入は大いに期待されていたが、詰め替え可能な容器を使う決断は美容分野のサステナビリティー(持続可能性)についてより大きなメッセージを送っている。

■3つのポイント―これは美容業界にとってどんな意味があるか

(1)詰め替え可能な容器は一時的な流行ではなく、定着することを美容業界に示している。特に大手高級ブランドのエルメスがこの分野に参入したことで、このトレンドは大手や新興の化粧品メーカーの間で勢いを増すとみられる。

(2)新たなサステナビリティーの形態が台頭しつつあり、これがブランド体験をより強力にするチャンスになる可能性がある。詰め替えサービスはオンラインでの詰め替え品のサブスクリプション(継続購入)サービスや再来店を促し、消費者とブランドの間に継続的な関係を築く。これが高級サービスのモデルや、ネットにつながる容器の普及、詰め替えに併せて提供される追加サービスにつながる可能性がある。

(3)詰め替え可能な容器は新たなプロダクトデザインを考慮する必要性を示している。使い捨て容器から転換することで、耐久性、人間工学に基づいたデザイン、製品自体よりも長持ちするように作られた容器の美しさについてさらに考慮する必要が生じる。サステナビリティーの観点からすれば、既存の素材よりも耐久性が高いより持続可能な代替素材に変えるのは新たな課題となる。例えば、ガラス製容器の輸送はプラスチックよりも重く、壊れやすい。

■これはなぜ重要なのか―詰め替え可能な容器の需要が拡大

サステナビリティーはほとんど全ての部門で注目の課題だが、補充できる製品を長い間使い捨て容器に入れてきた消費財業界では特に重要なテーマとなっている。

消費者、特にミレニアル世代(1981~96年生まれ)とその下のZ世代は使い捨てプラスチックからの脱却を推進し、欧州連合(EU)や米国の一部の州の規制も消費財メーカーにより持続可能な代替素材を採用するよう迫っている。

サブスクや自動補充サービスに移行する人が増えているため、各社は輸送コストを減らし、リピート購入を促すには、詰め替え可能なモデルに転換する方が利益を上げられると思うようになるかもしれない。

サーキュラー・エコノミー(循環経済)を推進する英エレン・マッカーサー財団によると、再利用できるように設計された容器は現時点ではわずが3%だが、使い捨て容器の20%が再利用モデルに置き換え可能だという。さらに、現在の詰め替えできる製品の大半は食品・飲料だ。

だが、化粧品やパーソナルケア製品の詰め替え可能な容器には以下のような特有の問題がある。

・実現可能性:各社は物流の問題に加え、消費者が店舗かオンラインで容器を返して詰め替えてもらう再利用モデル(製造から販売までを一貫して手がける企業はこちらの方を好む)と、使い捨てタイプの詰め替え用容器を提供するモデルの一長一短について理解しておかなくてはならない。

・新しい製品:チークや口紅などの化粧品で同じ色を使い続けるのではなく、別の色が欲しいと思う場合には、消費者は今使っている製品を詰め替える必要が生じる前に新しい製品を買う傾向がある。各社は製品の量や寿命を具体的に定めなくてはならない。

・ロイヤルティー(忠誠心):特に美容・パーソナルケアでは容器が統一されない限り、消費者はブランドに縛られたくないと思う可能性がある。様々なブランドの複数の製品を持つ傾向があるからだ。

・品質維持:品質維持の問題から、そもそも詰め替えに向かない製品もある。小型の製品では、容器を洗えないなどの理由から詰め替え品を作るのが難しい場合もある。一例はマスカラだ。

・順応性:多くの場合では、顧客は詰め替えが必要になる時期を予想したり、自動詰め替えサービスを設定したりするなど、慎重に購入計画を定め、再利用を軸に据えた新たな購買行動をとらなくてはならない。商品の買いだめや、特売の利用、衝動買いに関してはインセンティブや行動が変わる可能性が高い。

・コスト:消費者にかかるコストも考慮しなくてはならない。サステナビリティー重視の姿勢や、再利用可能な容器はおのずと先行費用を伴うからだ。各社は消費者が手を出せない状況にならないよう、適切な価格を設定しなければならない。

■ライバルの動向―既存各社、サステナビリティーで提携

詰め替え可能な容器は消費財メーカーにとって共通のテーマだ。詰め替え可能な口紅を発売するエルメスの決定を受け、特に高級品を手がけるスタートアップや既存各社は詰め替え可能な容器やサステナビリティーへの取り組みを優先する可能性がある。

こうしたイニシアチブを巡る活動には次のようなものが含まれる。

・米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)の「ジレット」や英蘭ユニリーバの「RENスキンケア」といったパーソナルケアブランドでは、米テラサイクルが運営するサービス「ループ(LOOP)」を通じて詰め替えサービスを利用できる。顧客は使い捨てのプラスチック容器ではなく、金属製やガラス製の容器に入ったシャンプーや洗剤などの日用品を注文する。ループは使い終わった容器を利用者の自宅から回収し、再利用やリサイクルする。ループは欧州、アジア、北米で事業を運営している。

出所:テラサイクル

出所:テラサイクル

・ユニリーバとスイスの食品世界最大手ネスレは日用品を詰め替え可能な容器に入れて販売するチリのスタートアップ、アルグラモ(Algramo)と提携している。消費者は中身が空になると、容器を返送するかアルグラモの自動販売機で中身を詰め替える。価格は従来の製品よりも約3割安く、キャッシュバックも得られる。アルグラモはイタリアのスタートアップ、エネルX(EnelX)と提携し、アプリで移動式詰め替えステーションを呼んだ利用者の自宅に詰め替え品を届けるサービスも提供している。このサービスの対象は今のところ日用品と食品だけだが、将来的にはパーソナルケア製品にも拡大する可能性がある。

・P&Gは2019年10月、詰め替え可能な容器に入ったスキンケア製品「オレイ・リジェネリスト・ホイップ」を3カ月限定で試験販売した。このクリーム500万個を詰め替え可能な容器に変えれば、プラスチック使用量を100万ポンド(約453トン)以上減らせるとしている。

■注目スタートアップ―消費財メーカーはどうイノベーションしているか

多くのスタートアップはヘアケア製品からデオドラント剤まで様々な製品で既に詰め替え可能な容器の問題に取り組んでいる。濃縮パウダーに水を加えて使うなど、新たな形態を編み出した企業もある。

スタートアップは累積調達額の多い順に記載する。

米マイロ(Myro)

出所:マイロ

出所:マイロ

▽累積調達額(公表ベース、以下同):1600万ドル
▽主な投資家:米メロ7テックパートナーズ、米セレナ・ベンチャーズ、米オビアス・ベンチャーズ、米ウエスタン・テクノロジー・インベストメント

 マイロはサステナビリティーに焦点を合わせた男女共用のビーガン(完全菜食主義者)向けのデオドラント剤を手がける。同社によると、この製品の詰め替え可能な容器は従来の容器に比べてプラスチック使用量を半分に抑えており、食器洗い機で洗える。
 マイロは主に「ダイレクト・ツー・コンシューマー(D2C)」と呼ばれるネット直販方式で製品を販売しており、配送コストを抑えるためにリフィルが3パックついたセットを定期購入するよう勧めている。米アーバン・アウトフィッターズなど小売りと提携することで、デオドラントスティックとリフィルをコスト効率よく販売できる。


米バイ・ヒューマンカインド(By Humankind)

出所:バイ・ヒューマンカインド

出所:バイ・ヒューマンカインド

▽累積調達額:630万ドル
▽主な投資家:米グレートオークス・ベンチャーキャピタル、米レアラー・ヒプー・ベンチャーズ、米レッドシー・ベンチャーズ

 レアラー・ヒプー・ベンチャーズの出資を受けているバイ・ヒューマンカインドは、デオドラント剤などのパーソナルケア製品を詰め替え可能なディスペンサーで提供している。マイロと同様に、詰め替え用パウチをオンラインで販売している。同社は浴室での脱プラを進めるため、せっけんのような固形のシャンプー、コンディショナー、ボディーウオッシュを販売しているほか、「水を加えるだけの」マウスウオッシュの錠剤も売っている。
 同社は自社製品を常用する人は、使い捨てプラスチックの使用量を年5ポンド減らせるとしている。配送資材にも生分解性の素材を使っている。18年には詰め替え可能な筒形デオドラント剤ディスペンサーの特許を申請した。


米パブリックグッズ(Public Goods)

出所:パブリックグッズ

出所:パブリックグッズ

▽累積調達額:425万ドル
▽主な投資家:米デイワン・ベンチャーズ、米リッスン・ベンチャーズ、米イエスVC

 米ニューヨークのブルックリンに拠点を置く完全会員制のパブリックグッズは、ノンブランドのパーソナルケアや日用品を手がけている。会員は顔用保湿剤やボディーローション、ボディーウオッシュなどの詰め替え品を購入できる。
 育児用品やペット用品にも事業を拡大する計画だ。


米アライブ・アンド・ウェル(Alive&Well)

出所:アライブ・アンド・ウェル

出所:アライブ・アンド・ウェル

▽累積調達額:10万ドル
▽主な投資家:米ジェネレーター

 アライブ・アンド・ウェルは髪質が巻き毛やウエーブの女性用ヘアケアブランドだ。20年夏に製品の発売を予定している。同社は再利用可能なボトルを提供し、消費者は3カ月ごとに自分が使っている製品の詰め替えパウチを受け取る。同社によると、この詰め替えパウチは従来のプラスチック製ボトルに比べて二酸化炭素(CO2)排出量とエネルギー使用量を90%、プラスチック使用量を93%削減できる。


アワ・ヘアケア(OWA Haircare)

出所:アワ・ヘアケア

出所:アワ・ヘアケア

▽累積調達額:非公表
▽主な投資家:米プリカーサー・ベンチャーズ

 水で戻して使う製品により詰め替え可能な容器というテーマに取り組んでいるスタートアップもある。アワ・ヘアケアは、シャンプーの8割が水分であることから、濃縮タイプの乾燥パウダーで、シャワーの水で液状に戻す洗髪剤を発売した。
 この手法により、同社は輸送コストを抑えることができる。各ボトルには標準サイズの8オンス(約236.59ミリリットル)入りプラスチック製ボトルの3.5倍近い液体シャンプーと同じ量を作ることができるパウダーが入っている。


米ケアーウィス(Kjaer Weis)

出所:ケアーウィス

出所:ケアーウィス

▽累積調達額:非公表
▽主な投資家:米イノベーション・グローバル・キャピタル

10年に設立されたケアーウィスは消費者に持続可能な高級化粧品を提供することを目標に掲げている。同社の「インテリジェント・リフィル」システムでは、金属製容器に詰め替えられるマスカラやフェースオイル、ファンデーションなどを購入できる。こうした詰め替え品の価格はオリジナル容器に入った新しいアイテムよりも約3割安い。同社によると、こうした詰め替え品は売上高全体の約25~30%を占めるようになっている。


グラムイット(Glam-it!、香港)

出所:グラムイット

出所:グラムイット

▽累積調達額:非公表
▽主な投資家:非公表

 グラムイットの「グラムパクト」は中身を詰め替えられるメーキャップ用コンパクトだ。消費者はネットで口紅、アイシャドー、コンシーラーを購入し、オリジナルのコンパクトを作成できる。

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