中村医師の信念 現地組織、事業継続で「恩返しを」

2020/2/5 11:10
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【ペシャワル=共同】アフガニスタン東部ナンガルハル州で福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」現地代表の医師、中村哲さんが殺害されてから2カ月が経過した。「事業を継続することが恩返しになる」。市民の生活向上に尽くした中村さんの信念を受け継ぎ、アフガン人やパキスタン人が農業や医療活動に取り組んでいる。

ナンガルハル州ジャララバードに拠点を置くペシャワール会の実働組織「PMS」(平和医療団)は、昨年12月下旬ごろから事業を順次再開。州内で運営する農場ではオレンジやレモン、ザクロなどを生産している。「かつてこの地は水が一滴もない砂漠だった。農産物は全て中村先生が造った用水路がもたらしたものだ」。2003年から働くアジュマルさん(39)は誇らしげに語った。

スタッフは中村さんがいない中で事業を続けられるか不安だったという。「先生だったら『くよくよしないで国のために働きなさい』と言うだろう」とアジュマルさん。中村さんの姿勢を思い起こし再開へ動きだした。

1991年に設立されたナンガルハル州のダラエヌール診療所では15人ほどのスタッフが24時間態勢で働く。医療や薬を無償提供する診療所は、戦乱に巻き込まれた貧しい地域を支える貴重な存在だ。

ハフィズラ医師(48)によると、冬は風邪や肺炎、夏にはマラリアやチフスが疑われる住民が遠方からも多く訪れる。「この地の基幹病院に成長できるようにしたい」と意気込んだ。

パキスタン北西部ペシャワルの病院跡地で、中村哲さんの部屋だった場所を示すスルタナさん(1月29日)=共同

パキスタン北西部ペシャワルの病院跡地で、中村哲さんの部屋だった場所を示すスルタナさん(1月29日)=共同

かつてPMSが医療支援の拠点を置いたパキスタン北西部ペシャワルでも後継者の活動が続く。病院技師のスルタナさん(38)は95年に中村さんの診察を受けた際、一緒に働かないかと誘われた。中村さんは偏見にさらされていたハンセン病患者と共に食事するなど、分け隔てなく接していた。その姿に「感銘を受け、心から尊敬していた」という。

PMSが運営していたペシャワルの病院は10年以上前に地元団体へ譲渡され、若い医療関係者の多くは中村さんのことを知らないという。現在は別の病院で働くスルタナさんは「先生に出会わなければ今の私はない。周囲の人に経験を語り継いでいきたい」と涙ぐんだ。

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