『シャボン玉~』を愛する人々の熱い思い(井上芳雄)
第61回
井上芳雄です。2月はミュージカル『シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ』の日比谷シアタークリエでの公演が2日に千秋楽を迎えた後、福岡、大阪と公演が続きます。シャイな青年の悠介を演じながら、作品の素晴らしさに体が震え、毎回泣けてしまいます。共演の方たちの思い入れも深く、ものすごい熱量を感じています。

『シャボン玉~』は1988年に音楽座の作品として初演された、日本のオリジナルミュージカルの傑作です。俳優さんにも、この作品を見てミュージカル俳優を目指したという方が大勢います。そんな伝説の作品に出られること自体、僕にとっては夢のようなこと。しかも今回は、音楽座、劇団四季、宝塚歌劇団、東宝といった様々な出身の方たちが集まって、新しい『シャボン玉~』を創り上げたのが素晴らしい経験でした。
事の始めは数年前、坂本真綾さんとの2人芝居のミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~』の打ち上げだったかで、みんなで飲んでいたとき。真綾さんが音楽座が大好きだったという話になり、僕も「舞台中継を録画したのを何回も見たんだよ」、プロデューサーの小嶋麻倫子さんも「私も学生のころ、大好きでした」と、盛り上がりました。それで、音楽座さんから作品の権利を貸してもらえる可能性があるかもしれないという話になって、「じゃあ、やりたい」と。よくある飲み会の席で夢を語るといった話だったのですが、今回はそれが本当に実現した珍しいパターンです。
上演が決まって、うれしかったのは、初演でヒロインの佳代を演じた土居裕子さんをはじめ、畠中洋さん、吉野圭吾さん、濱田めぐみさん、藤咲みどりさん、照井裕隆さんら音楽座に在籍していた方々が参加してくださったこと。
土居さんは、出演を迷ったともおっしゃっていましたが、宇宙人のピア役で出てくださることに。土居さんに出ていただけたことで、新しい『シャボン玉~』が認められたような気がして、うれしかったです。今回、佳代を演じているのは元宝塚雪組トップ娘役の咲妃みゆさん。土居さんは佳代の役について、当時どんな思いで演じていたとか、もっとこうすることもできたんじゃないかとかを、咲妃さんや演出の小林香さんにいろいろ話されていて、そんなみんなの思いが今回の佳代のキャラクターに反映されている気がします。
宇宙人のテムキ役の畠中さんも初演のメンバー。佳代が働くことになる喫茶ケンタウルスのマスターを演じている吉野さんや、清水役の藤咲さんも音楽座時代に『シャボン玉~』に出ていました。濱田さんは、土居さんらにあこがれて音楽座に入ったので、今回の話を聞いて、自らプロデューサーに電話して「出してほしい」と訴えたそうです。マスターの妻・春江役を演じています。ダブルキャストでマスター役の福井晶一さんは劇団四季の出身ですが、『シャボン玉~』を見てミュージカル俳優を志したので、濱田さんと話すうちに「2人とも入れてほしいね」となったそうです。
『シャボン玉~』公演は1月からなのですが、畠中さんや吉野さんは12月いっぱい別の作品に出ていました。なので12月は公演をしながら、来られるときにけいこ場に来て、来られないときには照井さんやほかの人が代役をやるというハードスケジュールでした。久保役の照井さんは、『シャボン玉~』をやりたくて音楽座に入ったのですが、当時は出たことがなかったそうです。元同じ劇団の先輩後輩ということもあって、代役も「喜んでやります」という感じで何役もこなしていました。すてきな人間関係だなと感じました。

そんなふうに、音楽座で出演経験のある方や、『シャボン玉~』が好きでたまらない人たちが集まったので、みんな思い入れが強くて、けいこの本読みのときから泣いていました。この作品を誇りに思っているのと、またやれることを心から喜んでいるのが、ひしひしと伝わってきました。もちろん、『シャボン玉~』を知らなかった若い人たちもたくさん出ていて、新しくこの作品に出会って、驚いたり感動したりしていると思います。
それで感じたのが、これが劇団の作品の強みだということ。『シャボン玉~』の魅力は、同じ志を持つメンバーが、30年の間少しずつ改良しながら磨き上げてきた成果なのだと感じました。僕は劇団に入ったことがなく、プロデュース公演しか出たことがないので、そのつどいろいろな方が集まって新作を作るやり方しか知らないのですが、積み重ねることで生まれる作品の力に初めて触れたように思います。
話を聞くと、音楽座では俳優もスタッフと一緒になって小道具やセットを作ったりして、全員が創作の過程に参加していたそうです。土居さんや畠中さんも大道具の宇宙船を作ったという話をされていました。今回の公演でも、佳代の義理の父親役の井上一馬さんが舞台上でパネルを動かしていたり、土居さんが影コーラスを歌っていたり、濱田さんと福井さんがラインダンスをしたり、役の大小に関係なく、いろんな形で参加しています。それは、普通はあり得ない、すごく価値があることだと思います。
濱田さんとは、こんな話もしました。「今回は、仕事とか、自分のポジションとかと全然違うところでやらせてもらっているね。年をとったとき、あのとき『シャボン玉~』に出られてよかったと、きっと思い返すね」。そんな作品に出会えたことは、俳優の仕事をやっているうえで一番の幸せで喜びです。
上演し続けていくことが大事
今回の公演で一番緊張したのは、ゲネプロ(最終の通しけいこ)に音楽座の方が50人くらい見に来てくださったときでしょうか。どう受け取られるのかドキドキしていたのですが、皆さんすごく笑ったり、泣いたりしてくださっていました。温かく受け入れてもらえたように感じて、ほっとしました。
そして『シャボン玉~』のような名作は、上演し続けていくことが大事だと思いました。公演を発表したときの反響は、たしかにすごかったのですが、その一方で新しいミュージカルファンには、この作品や音楽座を知らない人もたくさんいました。その温度差も感じたので、それを埋めていくことがミュージカル界にとって大事なことじゃないかと。
みんなが名作と認める作品は、時代を超えて感動を呼ぶし、演出が違ったとしても作品の本質は変わりません。オペラもそうだし、例えば『ウエスト・サイド・ストーリー』だって上演ごとに違う演出でやっています。日本のオリジナルミュージカルも、そんなふうになっていったらいい。今回の『シャボン玉~』がいいきっかけとなって、もっといろんな形で過去の名作が上演されるようになれば、また新しい価値が生まれて、ミュージカル界の裾野も広がっていくと思います。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第62回は2020年2月15日(土)の予定です。
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