今日も走ろう(鏑木毅)

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若者よ、恐れず海外に出よう 培われる反骨精神

2020/1/30 3:00
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スカイランニングは本格的な山岳地帯を走る競技だ。昨年この競技のワールドシリーズにおいて年間王者のタイトルを20代半ばで獲得した上田瑠偉選手が、この春に本場フランスへ移住しさらなる飛躍をめざすという。

私自身、全盛期には自分ができる範囲で全力を尽くしたと思うけれど、せめてあと10歳若かったら上田選手のような道を選びたかったとうらやましくもある。当時はとても海外を拠点とできるような環境は整っていなかった。彼の頑張りを期待するとともに、海外の荒波にもまれて一回りも二回りも成長してきてほしい。夢を彼に託す、そんな気持ちだ。

上田選手(左)とともに地元群馬の上州武尊山で

上田選手(左)とともに地元群馬の上州武尊山で

私が世界の舞台で活躍したいと思った大きな原動力の一つは、やはり海外での経験によるものだった。2009年に世界で最も古く権威あるトレイルランニングレースであるウエスタンステイツ100(米カリフォルニア州)に初参戦した。結果は準優勝。満足した半面、ある違和感がつきまとった。

というのも同大会でアジア人が表彰台に上がったのは初めてで、ましてや北米の有力選手を抑えての準優勝だったからだろう。表彰式の会場に集まった選手や観客からは名前ではなく「髪の長い日本人」と呼ばれ続け、何となく冷ややかな視線を浴びたのだった。

大会後も必死に頑張り、実績をあげたところでようやく名前で呼ばれるようになったけれど、当分の間ずっと私の呼称は「ジャパニーズ」のまま。喜びとともに悔しい気持ちでいっぱいになった。もちろん、最初のうちは言葉の問題でコミュニケーションが不十分だったこと、アジア人の参戦がまれだったなど、理由がいくつもあったのは理解している。ただ居心地がよくなかったことだけは間違いない。

かつてほど顕著ではないもののこうした偏見は依然として残っている。だが偏見をネガティブに受けとめるのではなく、自分を強くするチャンスと前向きに考えるべきだろう。日本人が世界で闘うにはむしろこの反骨精神をエネルギーに転換することが必要なのだとさえ思う。

幕末の長州藩は鎖国状態のなか、イギリスに5人の若者を密航で留学させた。「長州ファイブ」と呼ばれた若者たちは相当な偏見の中で苦学し、のちの日本の大きな礎を築いた。そう考えると上田選手はフランスへ行って同じような役割を果たすのかもしれないと期待している。

近年は若者の海外離れが進んでいるそうだ。海外での生活は刺激があり、得るものも多い一方で、言葉や文化、社会システムの違いからむしろ苦労の方が多い。だから安定志向といわれる現代の若者が敬遠するのは致し方ない、と片付けてよいものだろうか。

ヨーロッパ的世界観でみれば極東に位置する小さな島国の日本。思考や発想がどうしても狭い視野で醸成されやすく、自らの手で大胆に社会を変えにくいのは歴史的事実が如実に物語っている。世の中を刷新し、よりよく変えてきたのは、外からのエネルギーを受けた異端児たちだ。

若者よ、勇気を出して海外に出よう。苦労を積んで自分を磨いてほしい。その先には必ずその苦労を上回る大きな財産を得られるに違いない。

(プロトレイルランナー)

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