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「デフレの魔力よくない」 日銀09年7~12月議事録

日銀は29日、2009年7~12月の金融政策決定会合の議事録を公開した。08年秋のリーマン危機から1年が過ぎ、焦点となったのは時限的な企業金融支援策の手じまい方だった。異例の政策の効果と副作用を巡る議論は現在の日銀にも通じる。09年9月に発足した民主党政権の「デフレ認定」で追加の金融緩和を迫られるなど、政治との間合いに悩む姿も浮かぶ。

白川方明・元日銀総裁

臨時措置終了「果断に」

「リーマン破綻に伴う急性症状的なショックから抜け出たように思う」(山口広秀副総裁)。危機から丸1年たった9月の会合では、急速に悪化した景気が下げ止まりから持ち直しに転じつつあるとの見方が広がった。「各国の在庫調整の進捗や金融・財政政策の効果」(亀崎英敏審議委員)で外需が持ち直し、製造業への逆風も和らいだ。

景気が最悪期から抜け出すなか、企業や市場が注視したのは日銀が「臨時・異例の措置」(白川方明総裁)としていたコマーシャルペーパー(CP)や社債の買い取りなど企業金融支援策の扱いだった。7月の会合では9月末だった期限を年末まで延長したが、10月の会合で予定通り打ち切るかどうかを議論した。

低金利で資金を貸す特別オペは延長の方向で一致するなか、焦点になったのがCP・社債の購入策だ。「CPや社債市場の一部には明らかに過熱感が出ている」(須田美矢子審議委員)、「時限措置が恒久的とみなされるとモラルハザードを起こす」(西村清彦副総裁)。多くの委員はこうした副作用を問題視した。

一方、水野温氏審議委員は「景気の下振れリスクに配慮した慎重な政策対応が適切」と社債買い取りの延長を主張した。最後は白川総裁が「臨時の措置は必要と判断すれば果断に導入し、必要なくなれば果断にやめていく」と訴え、賛成多数で年末打ち切りを決めた。

ただ一連の議論では「時限措置の停止はいずれ利上げにつながる引き締め策の一環ではないと正しく理解してもらうことが重要」(亀崎審議委員)との声も上がった。政策の正常化に急ぐ日銀というイメージを避けたいという思いもにじんだ。

「デフレ」巡り激論

「日銀はデフレに対して鈍い感覚しか持っていないのではないかと思われている」(山口副総裁)、「デフレという言葉はあまり使いたくない。どんな定義を前につけても言葉だけが飛んでいってしまう」(須田審議委員)、「しかし、そのままだと、いかにもデフレを認めないような印象が強まる」(亀崎審議委員)――。

2009年11月の議事録にはデフレという言葉をめぐる激しいやり取りが残っている。経済環境は最悪期を脱しつつあったが、消費者物価指数の前年比は09年前半からマイナス圏に突入。デフレの議論が高まったが、日銀内にはデフレという言葉を使うことで、過度に消費者心理を冷やしかねないとの懸念があった。

白川総裁も「デフレという言葉の持つ魔力は金融政策の最終的な目標にとって必ずしもよくないという反省がある」と避け続けた。ただそれが「日銀はデフレ阻止に向けた緩和努力を怠っているという意見」(須田審議委員)につながっていることへの葛藤も浮かぶ。

デフレという言葉を避ける日銀には、追加緩和を迫られないように故意に楽観的な見通しを出しているとの批判もあった。「真意が十分に理解されていない」(中村清次審議委員)という不満が随所ににじんでいる。

「デフレ克服のために最大限の努力をしていく」。白川総裁が名古屋市での講演で、初めて現状がデフレであると認めたのは、政府が09年11月20日に月例経済報告で「緩やかなデフレ」と認定した10日後だった。

超低金利継続「決然と」

「改めて超低金利を続けていくということを決然と示す」。日銀の白川総裁は12月1日、年0.1%の固定金利で10兆円規模の資金を金融市場に供給する方針を決めた臨時の金融政策決定会合で、こう強調した。一部の市場関係者の間で日銀の政策スタンスが「まだ十分には浸透していない」との懸念があった。

日銀はこれに先立つ11月20日の決定会合で、景気は各種対策の効果などから持ち直し、金融環境は厳しさを残しつつも改善の動きが続いていると判断したばかりだった。政策委員会には「借り手に需要がないために出ていかないのであって、お金が足りない状況ではない」(亀崎審議委員)との声もあった。

一方、政府は11月20日に3年5カ月ぶりにデフレを宣言。円相場の急騰もあって日本経済の先行きに不透明感が強まり、当時の民主党政権の中枢では「量的緩和」への期待感が高まっていた。

山口副総裁は席上「多少迷ったというのが率直なところだ」と認めつつ「企業家心理、消費者心理の一段の下振れが景気に及ぼす影響が無視できなくなってきているとすれば、何らかの政策対応を図るべきだという判断に傾いた」。

10兆円は当時の日銀の資金供給総額の2割程度に相当したが「パニックに対する緊急避難ではなく、通常の金融政策の一環」(西村副総裁)と位置づけたところに日銀の苦悩がにじむ。

「日銀が量的に消極的だという印象を与えるのは損だ」。白川総裁が市場や政治との意思疎通に神経をとがらせていた状況が浮かび上がる。

当時を振り返って……

須田美矢子・元審議委員

須田美矢子・元日銀審議委員
 危機的な状況が終わり、やっと落ち着いて経済を見られるようになっていた。もちろん回復したとはいえレベルは低かったので少しのショックでストンと落ちるリスクは感じていた。ただ異例の政策は条件を満たしたらすぐにやめることに軸足を置いていた。そうすれば、いざというときに大胆な策を打てるからだ。
 条件を満たしても出口がないと、新しいことをやるときにすごくちゅうちょする。銀行からお金を借りられなくなった企業の不安心理は分かった。だから7月にはもう大丈夫だと思ったが「何か起きたらちゃんとふさわしい対策をやります」と発信しながら、CP・社債の購入打ち切りを決めるのは10月まで待った。
 デフレという言葉は、賃金が上がらないなど、その先にある悪循環を想起させる。「マイルドな物価下落」ということで皆が納得し、景気が回復基調に乗っていたときに政府がデフレ認定したのは驚きだった。政権交代でうまく対話ができていなかったと思う。やっぱりマインドは落ちた。
 資金供給量を増やすことも、日銀は一生懸命悩んでやっていたのに分かってもらえないと思っていた。ただ大実験(現在の異次元緩和)を経て、ようやく分かってもらえたかな。量なんて(物価上昇には)意味がないよと。10年かかったけど。

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