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管理貿易の教訓生かせぬ米国(The Economist)

The Economist

トランプ米大統領は21日、スイスの山岳リゾート、ダボスで開かれた世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)で、各国首脳や企業トップらを前に米通商政策を「大変革した」と誇らしげに語った。15日に署名した中国との貿易交渉「第1弾の合意」により貿易障壁が低くなり、知的財産が守られると強調した。中国が今後2年間で米国からのサービスやエネルギー、農産物、工業製品の輸入を2000億ドル(約22兆円)増やすと約束したことも自慢した。誇張はなかった。貿易を巡るルールではなく、米国からの輸入水準で合意したのは、米通商政策が根本的に変わったことを意味するからだ。もっとも望ましい方向に変わったわけではない。

米中が15日、署名した米中貿易交渉「第1弾の合意」で中国が米国に約束した輸入の急拡大は世界貿易にゆがみをもたらすと指摘される=ロイター

米国は以前にも通商政策で達成すべき数値目標を導入したことがある。トランプ氏のような重商主義者は、外国による米国への輸出を制限するか、米製品の輸入を増やすよう迫るかの2つの方法で貿易を管理する。

1980年代には米通商交渉担当者は前者に大半の力を注いだ。急増する貿易赤字を減らすよう政治的な圧力に直面したうえ、日本の貿易慣行は不公正だと確信するようになったからだ。ピーク時には、こうした「輸出自主規制」の対象は自動車や鉄鋼、工作機械、繊維製品、半導体など米国への輸出全体の約12%に達した。

対日貿易で数値目標が成功しなかった理由

一方、今回の中国のように貿易相手国が米製品の輸入拡大に合意する例は一般的ではなかった。最も有名なのは、レーガン米政権が、日本政府に日本の半導体市場での外国製品のシェアを20%に引き上げるという約束をさせた日米半導体協定だ。これは対日貿易赤字を削減させるというより、米国にすれば不公正に閉ざされていた日本市場をこじ開けるのが狙いだった。こうした介入により米サプライヤーに日本と新たな経済関係を構築させ、貿易パターンを持続的に変えていきたいと考えていた。

トランプ氏の中国との合意を好意的に解釈すれば、レーガン政権と同じことをしただけ、といえる。中国市場が海外企業に閉鎖的だ、あるいは中国当局が常に公正なわけではないと感じているのはトランプ氏だけではない。中国との貿易交渉が経験豊富な各国の政府高官らは、中国の貿易障壁を交渉でやっと一つ解除させても、その途端、別の貿易障壁が浮上するとこぼす(経済学者らもこの問題を認識しているので、あらゆる不測の事態に備えて"完璧な合意書"を作る難しさを知っている)。

数値目標を定めた貿易合意なら、貿易の流れを容易に検証できるので、不信を解消し、中国に市場へのアクセスをしっかり提供させることにつながる。これがサプライチェーン(供給網)への投資の増加につながれば、永続的な効果が望める。

対中貿易の管理は、かつての対日貿易の管理より簡単とさえいわれる。レーガン政権以降の米政権も、日米半導体協定の手法を導入しようとしたが、日本政府が国内の民間企業に米製品も調達するよう説得するのに疲れ果て、米政府の希望通りにはいかなかった。日本政府にはどの企業が管理対象の米製品を購入するかコントロールはできず、各社に輸入要請の通達を出すか、どのメーカーから調達しているのか調査するのがせいぜいだった。対照的に中国政府は、国有企業の購買には自在に介入できるうえ、民間企業にも強い影響力を持つ。

ドルベースでの輸入額の約束がもたらす問題

だが、今回の米中合意を詳しくみると、無駄やゆがみが生じるリスクが浮き彫りになる。中国に合意させた米国からの輸入拡大の規模とスピードはすさまじい。米ピーターソン国際経済研究所のチャド・バウン氏の分析では、中国は2020年末までに特定の米農産物の輸入を17年比で60%、工業製品の輸入を65%増やす約束をしたことになる。これを中国の経済状況にかかわらず達成する必要がある。日本が合意したのは国内市場での輸入品比率の引き上げだったが、中国はドルベースでの購入額を約束したのだ。

中国はつまり、必要ないかもしれない量を買うと約束、あるいはむしろ他国から輸入したいものを米国から購入すると約束したということだ。国有企業は政府に言われれば大量に買い込むかもしれないが、放置して腐らせるかもしれない。米輸出業者は、本来、持続的な取引が見込める企業から、今回の合意による優位性は一時的なものにすぎないにもかかわらず高値で買ってくれる中国企業へ乗り換えるかもしれない。あるいは第三国から米国経由で輸入するなど、中国が物流で策を弄し、米から購入しているよう装う恐れもある。香港を介さずに中国に直接送るケースを増やし、中国本土の貿易統計に計上する手も考えられる。

WTOは米が力でなくルールで管理すべく設立に動いたが

もう一つの問題は、中国が単純に他の貿易相手国からの輸入を減らし、世界の二大大国が他国を締め出して、米中で両国の市場を独占しているという不満が噴出する可能性だ。確かに、世界貿易機関(WTO)加盟国は加盟国間で大幅な関税引き下げで合意することを認めており、そうすれば今までの貿易の流れに変化を生む可能性はある。ただ貿易協定の締結は認められているが、他国に差別的な扱いを押しつけるような管理貿易的な合意は認められていない。従って、バウン氏が警告するように、ブラジルやアルゼンチンの大豆農家やロシアやカナダのロブスター取引業者は中国市場から締め出されたことに気づけば、黙ってはいないだろう。

もし中国が今回の合意を順守すれば、そのことは世界の貿易システムに脅威となるだろう。現在の貿易体制は皮肉にも、米国が1990年代に管理貿易では機能しないと判断した末、生まれたものだ。米国は自由貿易の価値を、自由貿易とは全く異なる行動を取りながら説いても説得力がないことに気付き、力ではなくルールに基づいた貿易システムを確立すべくWTO創設に動いた。だがトランプ政権はこうしたルールを何度もないがしろにし、今回、中国と合意したことは、WTOのルールは意味がないと米政権がみていることを改めて印象づけることとなった。トランプ氏が交渉で中国市場でのシェアを得たことで、他国も同じ要求をするかもしれない。

注目は2020年の米の貿易統計

しかし、この合意は簡単に崩壊するかもしれない。その場合、米中の対立は再び激しくなるだろう。米国は輸出についても管理を強めており、そのことは中国が米国から輸入する選択肢を狭めるかもしれない。従って、今回の合意がどうなろうとも混乱を招くことは避けられなさそうだ。

米中合意の結果がどうなるか、その時までトランプ氏が大統領でいるかは不明だ。中国が今年の約束を守ったかどうかは米政府統計が明らかになる21年初めまでわからない。それは大統領選挙後のことだからだ。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. January 25, 2020 All rights reserved.

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