スポーツ > サッカー > 熱視線 > 記事

熱視線

フォローする

独自布陣で3冠 明大サッカー部監督・栗田大輔(上)

2020/2/2 3:00
保存
共有
印刷
その他

2019年の大学サッカー界を席巻したのは明治大学だった。関東リーグ戦1部で最多勝ち点を更新し、大学主要タイトルを独占する「3冠」を達成。卒業後、Jリーグ各チームに進む選手は9人を数える。そのタレント集団を鍛え、まとめ上げた監督の栗田大輔はサラリーマン。総合建設会社(ゼネコン)の清水建設で鍛えた経営力が強いチームづくりの背景にある。

2019年は「12月22日に一番強い個人、チームになろう」とインカレ決勝の日付をチームに植え付けてきた

2019年は「12月22日に一番強い個人、チームになろう」とインカレ決勝の日付をチームに植え付けてきた

19年12月22日、小雨がちらつく駒場スタジアム。全日本大学選手権(インカレ)決勝は前後半90分で決着はつかず延長へ。すると92分、桐蔭横浜大学に先制を許してしまう。だがそこからが明大の見せ場だった。「みんな分かっていた。出て行くしかない」とMF森下龍矢。運動量と攻撃の速度は一気に上がった。96分にPKで同点、その2分後に逆転し、112分に3点目を決めて勝負を決した。

「12月22日に一番強い個人、チームになろう」。新チームの始動日となった2月3日、栗田がチームに伝えた目標だ。企業の「経営方針説明」に相当するもので、最後の最後までチームの実力を積み上げる姿勢を明確に示した。また明大は近年、リーグ戦では好成績を残しても、インカレを取りこぼしていたため、その決勝の具体的な日付をチームに植え付けて方向性を統一することを狙った。

だから9月に総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントを制し、リーグ戦で歴代最多勝ち点の56を積み上げて優勝しても「まだ通過点。笑わない」とコメントする選手が目立った。主将の佐藤亮が「やっと笑えます。でも笑いを超えて涙でした」と話したのはインカレ制覇後のことだ。

1921年創部の明大サッカー部は、日本代表の長友佑都(ガラタサライ)や室屋成(FC東京)らを輩出。栗田が監督に就任した15年以降、主要大会の優勝数は6まで増えた。

2人のボランチよりも前の位置に、中盤のサイドの選手を置く「3-2―3-2」のシステムは栗田が「選手の特徴を追求していった結果たどり着いたフォーメーション」だ。両アウトサイドに広い守備範囲と高い攻撃力を兼ね備えた森下、中村帆高と能力の高い選手がおり、「その実力をさらに伸ばしたい」と考えた。中村はFC東京、森下はサガン鳥栖に進む。

中村は「最初はびっくりした。球際の切り替えや運動量を求められ、厳しいハードルだった。インカレ決勝では今までやってきたことは出せたかな」と話す。栗田も「強い個人とクリエーティブ(創造的)なサッカーを常に求めている。最後に表現できた」と納得していた。=敬称略

(宮本英威)

熱視線をMyニュースでまとめ読み
フォローする

保存
共有
印刷
その他

サッカーのコラム

電子版トップスポーツトップ

熱視線 一覧

フォローする
ザンビアの子供たちとの交流。妊婦らに衛生的な環境を提供するシェルター建設を進める

 4月に日本に一時帰国した中町公祐(34)は、NPO法人の代表として企業等の挨拶回りにいそしむ。多忙は励みになっている。
 「選手生活はケガとかあって決していいことばかりではない。そういう時にNPOの活 …続き (7/12)

横浜Mのオファーを断り、昨季はアフリカ南部ザンビア共和国のチームでプレー。「自分の甘さを知ったし、やる気も出た」と話す

 中町公祐(34)には2つの顔がある。プロサッカー選手と、サッカーと医療でアフリカを支援するNPO法人「Pass on」の代表理事の顔である。

 Jリーグ・横浜Mの渋いMFで鳴らした中町が、ザンビア共和 …続き (7/12)

「明治発 世界へ!」という言葉を大事にしている

 明治大学サッカー部監督の栗田大輔は1970年9月に清水市(現在の静岡市)で生まれ、幼稚園でサッカーを始めた。明大では第一線の選手とはいかなかったが、高校時代は地元の名門、清水東高のウイングのレギュラ …続き (2/2)

ハイライト・スポーツ

[PR]