シンガポールなど3カ国、デジタル貿易で新協定

【シンガポール=中野貴司】シンガポール、ニュージーランド(NZ)、チリは21日、デジタル貿易に関する新協定「デジタル経済パートナーシップ協定(DEPA)」交渉で実質妥結した。国境を越えたビッグデータの移管や人工知能(AI)など先端分野に関するルールを盛り込んだのが特徴だ。電子商取引の拡大や技術革新に対応したルールをいち早く確立して貿易量を増やし、企業や投資を呼び込む狙いだ。

3カ国の担当相・副大臣が21日夜、シンガポールで会見して発表した。シンガポールのチャン貿易産業相は「DEPAは開かれた協定で、同じ思いを持つ国の参加を歓迎する」と述べ、年内の最終合意後に参加国を広げていく意向を表明した。
18年12月に発効した、11カ国が参加する環太平洋経済連携協定(TPP)は、今回の3カ国とブルネイが原型を作った。デジタル経済に関する世界標準の貿易協定に育てることを目指す。
チャン貿易産業相は「DEPAは既存の自由貿易協定(FTA)を超える内容で、AIやデジタルIDなどデジタル分野固有の課題に対応している」と意義を強調した。
3カ国は2019年5月に交渉を始めており、8カ月という短期間での合意となる。NZのパーカー貿易・輸出振興相も同日、「DEPAは発展し続ける協定だ」と述べ、技術革新に合わせて今後も内容の改定を続ける考えを示した。
DEPAはTPPや、TPPの基本原則を踏襲した日米デジタル貿易協定にはないルール形成を目指した。
例えば、AIの運用は透明で、公平かつ説明可能でなければならないとして、企業に適切な活用を促す。一方で、AIを使って分析したビッグデータを参加国内で円滑に移管できるようにして、企業がデータを基に新サービスや製品を開発できる環境を整えた。個人情報保護についても、各国の規制をできるだけそろえる枠組みをつくり、企業の負担を軽減する。
金融とIT(情報技術)を融合したフィンテック分野では、金融機関と外部のシステムをつなぐ「API」の開放を促進する。シンガポールは期間限定で一部の規制適用を免除する「レギュラトリー・サンドボックス(規制の砂場)」を設け、企業に実験的なサービスの導入を促している。こうした特例制度を参加国内でも運用し、海外の大企業やスタートアップを呼び込む。
デジタル技術を使った国際貿易の効率化にも取り組む。シンガポールやNZが導入する税関申告書類の電子化システムを相互に接続可能にするなどして、企業の手間を減らす。書類のやり取りに要するコストは貿易実務の2割程度に上るとされる。税関での申告から決済までの手続きを電子化することで、実務に要する時間と費用を減らす。

3カ国がDEPAの妥結を急いだのは、電子商取引などデジタル経済の市場規模が急拡大しているためだ。米グーグルなどの予測では、25年のデジタル経済の市場規模は東南アジアだけで3千億ドル(約33兆円)と、19年の3倍に拡大する。世界の越境データ通信量も21年には、16年比で5倍近くに伸びると見込まれている。参加国に共通するルールの策定は企業活動を促進するだけでなく、消費者を保護する上でも急務となっていた。グーグルでアジア太平洋地域の政策対応などを担当するテッド・オシウス氏は「DEPAはAIやデータといった重要な論点を含んでおり、これまでにない貿易協定だ」と話す。
シンガポールなど3カ国はブルネイと共に、TPPの前身となった「P4」協定を06年に発効した。小国ながら、自由貿易の推進によって経済成長を実現してきた共通点があり、DEPAをデジタル経済に関する先駆的な貿易協定と位置づけている。