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世田谷一家殺害事件、時が止まった現場 遺族が初公開

東京都世田谷区で2000年12月、会社員の宮沢みきおさん(当時44)一家4人が殺害された事件現場の住宅を被害者の遺族が18日に訪れ、記者も同行して中に入った。住宅内には食卓など家族のくらしをしのばせる家具のほか、犯人が衣服を脱ぎ捨てたソファなどが残っていた。発生から19年、初めて内部が公開された住宅で遺族は「4人の生きた証しを伝えることが、事件の解決につながれば」と語った。

「2000.11」。2階の居間の壁に横線と日付が刻まれている。宮沢さんの長女のにいなちゃん(同8)、長男の礼くん(同6)は事件の1カ月前までこの壁で背比べをしていた。居間の食卓には学習教材が置かれ、電話には子ども向けシールが貼ってある。

台所の冷蔵庫には00年12月改正の小田急線時刻表、コンロのそばには砂糖や塩が入ったままの容器が置かれていた。

00年12月31日、世田谷区上祖師谷のこの住宅で、宮沢さんや妻の泰子さん(同41)、にいなちゃん、礼くんの4人が殺害されているのが見つかった。事件直後の室内は書類棚が物色されるなど激しく荒らされ、犯人のものとみられる血痕や指紋、衣類やヒップバッグなどが残っていた。

バッグからはアメリカ南西部のものとみられる砂、印刷用品に用いられる微細なガラス玉などが見つかった。残されていた犯人のものとみられるマフラーは約130センチと成人男性には短い長さで、足跡の分析から、着用していた27.5センチのスニーカーは韓国国内を中心に流通しているものと判明した。

捜査の過程で注目を集めたのが、犯人のその異様な行動だ。4人を殺害した直後に冷蔵庫にあったアイスクリームを食べ、1階に置かれたパソコンでインターネットに接続していた。

大量の遺留品などから犯行前後の行動などが判明したが、犯人像は絞りきれないまま。警視庁捜査1課OBは「多数の物証がありながら、犯人像が見えて来ない特異な事件だ」と語る。

現在の住宅の内部は経年劣化が進む。犯人も立ち入った部屋は雨漏りするようになり、侵入や逃走に使ったとみられる2階の浴室も水あかなどによる傷みが目立った。

犯行直後から警視庁が管理してきた住宅は証拠収集や3D映像によるデータ保存が完了。警視庁は老朽化を踏まえ、19年3月に遺族側と取り壊しについての協議を開始。遺族への遺品の引き渡しも始めた。

18日に住宅を一部の報道陣に公開した、泰子さんの姉の入江杏さん(62)は「4人がこんなに狭い家でつつましく暮らしたことを感じてほしい」と述べ、「(住宅の状況が報じられることで)事件の解決にもつながるかもしれない」と訴えた。

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