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ハンマー投げに挑む室伏由佳さん 父は待っていた
陸上投てき 室伏由佳(3)

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2020/1/22 5:30
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「父との会話で、アスリートとしての姿勢が分かった」と話す室伏由佳(2019年12月、都内のホテルで)

「父との会話で、アスリートとしての姿勢が分かった」と話す室伏由佳(2019年12月、都内のホテルで)

室伏由佳(42)は中京大学時代、円盤投げで日本ジュニア記録を樹立し、日本インカレで優勝するなど実績を重ねた一方、自己ベストが更新できず伸び悩んだ。同じ大学で指導する、「アジアの鉄人」と呼ばれた父、重信(74)に反発し我流でトレーニングを続けていたが、深刻なスランプを抜け出すため、ついに父の指導を受けようと決める。重信は娘をずっと見守り、自分から問いに来る日を待っていた。父の指導を受けると、由佳は円盤投げの記録を更新、封印していたハンマー投げにも挑戦することになる。(前回は「鉄人の娘・室伏由佳さん、我流で投てき続けた理由」

◇   ◇   ◇

日本を代表するアスリート一家の一員ゆえに、室伏由佳は父・重信に反抗した。父の指導を拒み、「練習量こそ全て」と、我流で中京大でのキャリアを終わろうとしていた。4年の最終シーズンを前に、円盤投げジュニア記録(54メートル12)をマークして以来自己記録が全く伸びない深刻なスランプに悩み、先輩に打ち明けた。客観的でシンプルな答えが心に響いた。

「先生に聞かなくてもいいの?」

中京大陸上部の投てき部門を男女とも束ねて指導していた重信に、由佳だけが指導を受けようとしない様子をずっと見ていたからだ。第三者に初めて意地を張っているだけでは解決しないと指摘され、目が覚めるようだった。同時に、焦りにも似た感情が湧きあがってきたという。

「このまま終わってしまったらもう取り返しがつかない。お父さんに聞かなきゃ」

記録が頭打ちになった崖っぷちで、由佳は世界一級の技術を生み出してきた「秘密基地」とも呼べる自宅書斎の扉をたたいた。何を指摘されるのか、もしかすると怒られるのではないか、と怖かった。しかし重信の態度は予想とは全く違った。

「だから言ったじゃないか」

「最初からお父さんの話を聞いていれば、こんなスランプもなかったはずだ」

そうは言われなかった。

「父は最初に、そうか待っていたぞ、とばかりに、私にこう言ったんです。今からだって、いくらでも伸びる方法はあるんだよ、と。その言葉に、あれほど父の指導を拒み続けた理由は何だったのだろう、ずっと見てくれていたのに私は何をしていたんだろう、と自分を省みて、気持ちがスーッと落ち着いていくように思いました」

「だから言ったじゃないか」と、親子間の感情的な言葉をかけられれば、娘はまた反発したに違いない。ところが重信は、感情的な話はせず、由佳にとってはむしろ一番難しいともいえる方法で、スランプに陥った理由を認識させようとした。

■父は娘の練習をずっと見ていた

「質より量」とした我流のトレーニングメニューをひとつひとつ確認しながら、次々と質問が飛んでくる。量を重視するあまり、3年間取り組まなかった「論理性」についてだった。

「このウエートはどうしてやるのか?」

「この腹筋の回数の根拠は?」

「どうして背筋をこんなに行うのか?」

重信が作成した由佳の練習メニューなど

重信が作成した由佳の練習メニューなど

「父は本当にメニュー全部について、私に説明させようとするんですよね。でも、当時の私には答えられませんでした。トレーニングをしていなければほかの投てき選手に比べて体も細く、体力も十分ではない。まして貧血も抱えていましたから、疲労が蓄積しやすく、それが抜けにくい。指導を拒んでいる間も、父は私をずっと見ていてメニューを分析していた。とにかくディスカッションをすべきなんだ、自分の考えを説明した上で指導を受ければいいのだ、と分かりました。書斎を訪ねた日の会話は、父としても指導者としても、今でも忘れられません」

この時気付かされたのは、アスリートとして重要な2つの態度だった。高い目標を設定し、そこを目指して量を信じてトレーニングを積む。結果につながったように見えたが、根拠、理論は持てなかった。記録が止まってしまった理由である。

もう1点は、目標とトレーニングをつなぐブリッジ役でもある、指導者の意見を取り入れる姿勢だ。由佳は振り返る。

「いい指導者と言われますが、それは、選手がいかに指導者に対して的確に自分の状態を伝えられるか、その両方向で成り立つものだと思うんです。父の書斎に行ってからは、自分のやっている練習や現在のコンディションを指導者に正確に伝えられるようになりました。今、自分がどういう状態で何を欲していて、どんな答えが得られないのかを知り、伝える。これがトップ選手としても大切なんですね。父に教わりました」

4年生で自己記録の更新、さらにハンマー投げへの復帰、その先に見えたオリンピック。快進撃への準備は整った。

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