水族館が進化、虫や植物も 海遊館館長 西田清徳さん
未来像 万博で大阪発信

関西タイムライン
2020/1/22 2:01
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 にしだ・きよのり 1958年大阪市生まれ。北海道大大学院水産学研究科博士課程修了。エイ類の系統分類研究の第一人者。海遊館建設計画から携わり、沖縄から大阪までのジンベエザメ長距離輸送を成功させた。2007年から同館館長。

にしだ・きよのり 1958年大阪市生まれ。北海道大大学院水産学研究科博士課程修了。エイ類の系統分類研究の第一人者。海遊館建設計画から携わり、沖縄から大阪までのジンベエザメ長距離輸送を成功させた。2007年から同館館長。

■大阪が誇る世界最大級の水族館「海遊館」(大阪市港区)は2020年7月、開館30周年を迎える。館長の西田清徳さん(61)は、単に海の生き物を見せるだけでなく、体験・体感し、考えるきっかけを提供する施設への進化を支え続けてきた。

1990年の開館時は世界で一番大きな水槽を備えた水族館として注目を浴び、初年は年間約530万人が訪れた。近年は海外からの外国人客らも増えている。来場者のニーズも変化してきている。

生物多様性の重要性が叫ばれる中、水族館も多様性を意識していく必要がある。環境変化に応じて生き物が自ら変化し進化していくのと同じように、水族館も、来場者の要望や社会のニーズが変化すれば、その実現に向けて努力することが重要だ。

動物園はこういうもの、水族館はこういうもの、という既成のイメージにこだわる必要はない。最近は単に生き物を見るだけでなく、体験・体感したいといったニーズの高まりも感じる。動物や植物、昆虫など様々な生き物の世界を融合させるような展示なども積極的に手掛けたい。

■同館の建設計画の段階から関わった。幼少から海の生物に興味を持ち、研究者の道に進んだ。

小学6年のとき、フランスの海洋生物学者、ジャック・イブ・クストー氏が調査船で世界中の海を調査して映像を集めたテレビ番組に衝撃を受けた。海中映像は当時画期的だった。その後、クストー氏のサメに関する著書「海のテロリスト」を読み、サメにのめり込み始めた。高校生のときは、映画「ジョーズ」を見て、研究者がシャークケージというオリに入って接近するジョーズを撮影するシーンに心を奪われた。

大学は北海道大水産学部へ進学。サメやエイなどの研究に没頭し、標本を求めて日本各地の水族館を訪問。水族館が研究の場になることを経験した。大学院修了に際して大阪に戻ろうと考えていたとき、国営沖縄記念公園水族館(現・沖縄美ら海水族館)の内田詮三館長(当時)から「大阪に水族館をつくる計画がある」と誘われ、二つ返事でお願いした。

開館に向け、展示の目玉となるジンベエザメを沖縄からフェリーで大阪まで丸2日かけて輸送した。当時、ジンベエザメを飼育していたのは世界で沖縄の水族館だけ。ジンベエザメの長時間輸送の例もなかった。開館当時、大阪でジンベエザメを見たことのある人は少なかったはずで、皆驚きの表情で見入っていた。

ジンベエザメの輸送テスト中、輸送容器の上に座るのが西田さん(1990年)

ジンベエザメの輸送テスト中、輸送容器の上に座るのが西田さん(1990年)

■25年には近隣の人工島・夢洲(ゆめしま)で国際博覧会(大阪・関西万博)が開かれるなど、大阪ベイエリアへの注目度が高まっている。

水族館にはそれぞれ個性や特徴がある。水槽の大きさや、来場者の多寡だけでなく、生き物や環境をどんなふうに見てもらうか、そして来場者はどこに関心を寄せるのか。そうした強みを伸ばすことが生き残りのカギになる。水族館というと、以前は子ども向けというイメージが強かったが、最近は家族連れのレジャーやカップルのデートなどでも楽しんでもらっている。今後はもっと大人が楽しめる場所にしていきたい。

昨今は「グローバル」を口にする人が多いが、世界中から多くの人が訪れる機会に向けて、むしろローカルなものを大切にする視点が必要だ。グローバルはローカルの集まりだからだ。日本には自然や生き物に対する鋭敏な感覚が息づいている。そうした日本の素晴らしさを積極的に世界に訴えることが日本のローカルパワーだ。折しも25年万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。大阪から改めて世界に向けて発信する好機になる。

(聞き手は松本勇慈)

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