ネコも自由を満喫 スイスの街にあふれる専用はしご

スイスはネコにとって最高の国かもしれない。
ネコの自由と自主性が重んじられ、何より、ネコのための建造物まである。ネコが気ままに出入りできるようアパートの外壁に設けられた、特製のはしごだ。
建築を愛するドイツの写真家ブリジット・シュスター氏はスイスの首都ベルンでこうしたはしごを記録し、「Swiss Cat Ladders(スイスのネコ用はしご)」という一冊の本にまとめた。
「ベルンに引っ越してきたとき、とても驚きました」とシュスター氏は振り返る。「飼い主がネコを大切にしている証拠だと思います。私たちはネコに自由を与え、同時に飼い主としての自由も享受しています。ネコが帰宅したときに、飼い主が自宅にいなくてもよいですからね」
ネコのはしごはヨーロッパ全域で見られるが、スイスは特に多い。ネコはスイスで最も一般的なペットで、約150万匹が飼われているという。国民の約3分の2が賃貸住宅で暮らしており、家主がイヌよりネコを受け入れることが多いという背景もある。
シュスター氏の隣人サビーナ・マエダー氏は、17歳になる茶色のしまネコ、バスキーを飼っている。マエダー氏はネコのはしごについて、ネコの行動だけでなくスイス人の価値観も反映していると語る。
「私たちスイス人は自由と自主性を愛しています。私たち自身はもちろん、私たちの国で私たちと暮らすすべての生き物が自由と自主性を享受すべきだと思います」

窓から外出
金属製のはしごもあれば、木製のはしごもある。さまざまな素材を継ぎ合わせてつくることもできるし、オンラインショップやペットショップでは、プレハブ式のキットも売られている。ネコ用はしごの設計施工を専門とする大工もいる。
マエダー氏は15年前、アパートの1階から上階に引っ越したとき、ネコのはしごを自作した。
「上階に引っ越したとき、私が飼っているネコは外出できなくなりました」とマエダー氏は話す。「裏側のバルコニーとクリの木が2メートルしか離れていないため、エレガントなはしごをつくって渡すことにしました」
構造はシンプルな木製スロープで、2階のバルコニーと目の前の木が結ばれている。ネコは窓からバルコニーに出て、スロープを渡った後、木から庭のフェンスに飛び移り、地面に飛び降りられると、マエダー氏は説明する。
玄関の扉にもネコ用出入り口が設置されており、バスキーはアパート内の通路やほかの部屋に行くことができる(バスキーのガールフレンドは上階にいる)。シュスター氏によれば、隣人同士で互いのはしごをつなぐことも珍しくなく、近所のネコが窓から訪ねてくることもあるという。

野生生物にとっては脅威?
しかし、ネコは世界で最も優秀な捕食者の一つだ。家から外に出るだけで、生態系に影響を及ぼす外来生物になりうる。米国やオーストラリアの研究では、ネコが鳥を大量に殺していることが判明しているし、自然保護団体は爬虫類や小型哺乳類が捕まる危険も訴えている。カナダでは年間1億~3億5000万羽の鳥がネコに殺されているという研究結果もある。
シュスター氏は本のなかで、ごく簡潔にこの事実に言及しているが、問題視したことはないと述べている。事実、スイス鳥類学研究所の生物学者リビオ・レイ氏によれば、スイスでは、ネコによる鳥の捕食について話題に上ることはあまりないという。ただし、絶滅の危機にある両生類や爬虫類を守るため、ネコを室内のみで飼う動きは、小さいながらも拡大していると、レイ氏は話す。
「私が知る限り、スイスでは、ネコ用はしごに関する議論は存在しません。私たちはファクトシートをつくり、ネコによる小型動物の捕食を防ぐ方法を人々に伝えています。ネコの去勢を義務づけるための議論は行われていますが、政治課題として取り上げられるには程遠い状況です」
こうした状況の一方で、少なくとも2010年に発表された論文は、スイスでのネコによる鳥の捕食を懸念すべき理由はあると示唆している。チューリッヒ大学と野生生物学者のNPO「SWILD」の研究者たちは、スイスの村フィンシュターゼーに暮らすネコを調査し、1匹当たり毎月2羽の鳥を殺していることを突き止めた。
「単位面積当たりの捕食数は目を見張るものがあり、ネコによる捕食は生態系の重要な要素であることを示唆している」と論文には書かれている。「都市の生息地は断片化しており、ネコの密度が非常に高いため、ネコによる捕食は特に重要な役割を果たしているかもしれない」
それでも、スイスでは、ネコの幸せを考えれば、外出できることは大切だと多くの人が信じている。チューリッヒ動物保護協会のウェブサイトには、「自由に走り回ることができない環境でネコを飼うことは、ネコの飼い主にとっての大きな課題です」と記されている。チューリッヒ動物保護協会はネコの飼い主に対し、ネコが外出できるように出入り口やはしごを設置し、ネコが退屈しないようにすべきだと提言している。
マエダー氏も「ネコを家に閉じ込めておくのは自然ではありません」と述べている。「あなたや私と同じように、ネコも外出すべきだと思います」
チューリッヒ動物保護協会は、ネコを室内のみで飼う場合、社会的接触、狩りを模した運動、さまざまな新しい体験を用意し、絶えず刺激を与えるべきだとしている。
次ページでも、スイスで見られるネコ用はしごをご覧いただく。どこに、どんな風にはしごがあるのか探してみるのも一興だ。









(文 ERIN BIBA、写真 BRIGITTE SCHUSTER、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年1月6日付記事を再構成]
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