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陸上短距離の名伯楽、「次代の高野・伊東」育成へ

陸上短距離の確かな指導で知られる元東海大コーチの宮川千秋氏が、このほど住友電工のコーチに就任した。かつて400メートルで高野進、100メートルで伊東浩司を日本記録保持者になるまでに育てた名伯楽は、新たな教え子を今夏の東京五輪に送り込もうと指導に熱を入れている。

宮川氏は2019年12月1日付で短距離コーチに就いた。住友電工といえば、同年に日本男子100メートルで3人目の9秒台となる9秒98をマークした小池祐貴と、10秒07の自己記録を持つ多田修平が双璧。もっとも2人は関東を練習拠点にしており、宮川氏は主に兵庫県伊丹市の住友グループのグラウンドで練習する他の陸上部員を指導している。

宮川氏はまず30メートルに特化して走る必要性を強調する(兵庫県伊丹市の練習グラウンド)

就任早々、選手ごとに目標タイムを提示した。ただし、100メートルや200メートルのゴールタイムではなく、30メートル、60メートル、150メートルという具合に距離を細分化した、練習での目標値。「30メートルを走る力が弱いから60メートルが弱い。60メートルが弱ければ150メートルでいいタイムは絶対に出ない。だから彼らはまず30メートルに特化しなければいけないんです」と宮川氏は話す。

提示した目標タイムは東京五輪の参加標準記録に近いレベルのもの。100メートルの自己ベストが10秒31の永田駿斗らにとっては高いハードルだが、「五輪が来るのにそれに関わるトライをしなければ意味がない」と宮川氏。永田には脚のパワーをつけさせるために、タイヤを引いたり、腰に巻いたベルトを宮川氏が後ろに引く中で走ったりする「レジステッドトレーニング」を重点的にさせている。

米で研修、「本物の陸上コーチ」に

1980年代前半、文部省(現文部科学省)の在外研修員として1年間、米国に渡ったことがコーチングの礎になっている。自身が短距離専門の指導者であることを現地のコーチに伝えると、「おまえはコーチ失格だ」と告げられた。短距離だけでなく、長距離、跳躍、投てきとあらゆる種目を指導できなければ「本物の陸上コーチではない」と。

「1つに絞り込んだら仕事がなくなるぞ」とも言われた。全米から有望な若手が集まる大学などでコーチの職を続ける条件の一つが、オールラウンドコーチであること。選手同様にハイレベルの競争環境があることが、米国から優秀な指導者が多く生まれる要因とみた宮川氏は、そこから跳躍の専門書を読みあさるなどして総合的な知識を習得。そのことが「短距離の指導のプラスになった」と確信する。

米国時代にもう一つ学んだのがウエートトレーニングだ。現地のコーチに教わったウエートの方法を帰国後、東海大で高野に伝授。「大きな筋群をつくるためのトレーニング」として、ベンチプレス、デッドリフト、スクワット、パワークリーンの4つを重点的にやらせた先に、高野は400メートルで現在も日本記録として残る44秒78をマーク。92年バルセロナ五輪では決勝進出を果たした。

伊東へのアプローチは異なるものだった。高校駅伝界で一時代を築いた兵庫・報徳学園高の鶴谷邦弘監督から丁重な手紙をもらって指導を託され、東海大に入学してきた伊東と初めて会った時のこと。「しっかりね」と宮川氏が差し出した手を握り返す力が弱い。「遠慮しているのか。もっと強く握ってごらんなさい」と促しても、強く握れない。すぐに握力を測った結果は38キロ。「女性並みだった」と宮川氏は振り返る。

陸上のクラウチングスタートでは親指と人さし指の間をほぼ直角に開き、中指を合わせた3本をトラックに突き立てるが、握力の弱かった伊東はうまくアーチがつくれず、ほぼ手のひら全体でついていたという。そういう状態でいきなり筋力をつけようとしてもうまくいかないため、「大学時代にはほとんどウエートをさせなかった」と宮川氏。個人差を考慮し、じっくり育てたことが、後に長く100メートルの日本記録として残る10秒00の快記録のマークにつながった。

五輪に向け短期決戦、強化費前倒し

順天堂大や慶応大、神奈川・立花学園高でも指導してきた宮川氏にとって、住友電工は自身が短距離選手として活躍した頃から魅力を感じてきたチームだという。実業団の老舗には、大卒でほぼ競技だけに打ち込む選手を多く抱えるチームがある中、「高校を出て入社し、仕事と競技を真面目に両立させる住友電工の選手には多くの人が憧れていた」と宮川氏。「そういうところに声を掛けていただいてうれしい」と目を輝かせる。

東京五輪の日本代表選考は6月に大阪・ヤンマースタジアム長居で行われる日本選手権が大きな山場。それまで毎月、沖縄で強化合宿を行うなどし、選手に発破をかけ続けていく。「年間の強化費を前倒しして使う。先行投資がどれだけできるかが勝負。短期決戦型です」

静岡・沼津商業高時代の64年、陸上部の顧問から「全国高校総体に出たご褒美に」と、国立競技場での東京五輪男子200メートル準決勝の観戦をプレゼントされた。そこで、後に決勝で金メダルを獲得するヘンリー・カー(米国)の走りを見たことが、陸上競技にのめり込むきっかけになったという。

あれから半世紀以上たち、同じ東京で開かれる五輪で「今の若いアスリートにとっても、そういうインパクトは必ずあるはず」と宮川氏。極上の戦いの眼福にあずかれるまたとない機会に何かを得て、日本陸上界を背負って立つ若者が数多く出てほしいという願いも持っている。

(合六謙二)

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