上場より社会問題解決 世界の6つのスタートアップ
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2020/1/14 2:00
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海洋プラスチックごみの回収・再生などをマーケティングに生かす仕組み作りを支援している。写真の人物がテラサイクル創業者のトム・ザッキー氏(写真=海岸:FabioFilzi/Getty Images)

海洋プラスチックごみの回収・再生などをマーケティングに生かす仕組み作りを支援している。写真の人物がテラサイクル創業者のトム・ザッキー氏(写真=海岸:FabioFilzi/Getty Images)

日経ビジネス電子版

世界のベンチャー投資が変調する中、地道に成長しているスタートアップがある。社会で見過ごされてきた巨大な「ひずみ」に着目する、社会課題解決型スタートアップだ。ゴミ問題から貧困まで、世の中を変える新たなビジネスモデルの実装が始まっている。

短期的に時価総額を大きくし、ユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)としてIPO(新規株式公開)を目指す──。そんなスタートアップの「成功の方程式」を採用せず、社会の「ひずみ」の解消に愚直に取り組み、世界の産業界で着実に存在感を高めてきた黒子がいる。「『捨てる』という概念を捨てよう」というビジョンを掲げる、米国の未上場企業テラサイクルだ。

「5年以内に上場して還元しろという短期志向のベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達はしていない。我々のビジョンに合わないから」

2003年に同社を設立したトム・ザッキー氏は言い切る。VCではなくビジョンに共感する裕福な個人投資家から主に資金を集めてきた。18年からは一般消費者からも出資を募ることで支援者を広げている。

■P&Gやユニリーバが手を組む

ビジネスモデルは極めて地味だ。人工知能(AI)などの最新技術を使うわけでも、シェアリングといったはやりのコンセプトを取り入れるわけでもない。手掛けるのはリサイクルである。

使用済みのオムツや歯ブラシなど、使い捨てられてきた製品を再利用する仕組みの構築がその一つ。ほかには、回収にコストがかかり再利用が難しいとされていた、海洋プラスチックごみなどを活用した製品の開発を、大企業向けに支援してきた。

これまでに、米P&Gや米ペプシコ、英蘭ユニリーバ、スイスのネスレなど世界の大手日用品メーカーと共同事業を手掛け、日本を含む21カ国で事業を展開している。

学食の残飯をミミズに与えて作った堆肥を販売するために大学を中退したザッキー氏は、「社会課題の解決はビジネスとしてやることで持続的になる。そもそも私は、環境問題の解決より、ビジネスに関心があった」と語る。

リサイクル工場を持たないファブレスモデルで、アイデアで勝負している。コストがかかるリサイクルを事業化するために名だたる大企業がテラサイクルと手を組むのは、同社が考案する仕組みがマーケティングに効果を発揮するからだ。ある海外メーカーは、テラサイクルと組んで売り場に使用済みのオムツの回収ボックスを設置。その結果、より広い売り場を確保することにつながり、ブランドイメージも向上して販売は大きく伸びたという。

テラサイクルを取り巻く潮目が大きく変わったのは、この数年間だ。鼻にプラスチックのストローが刺さったウミガメの動画がSNSで拡散し、海洋プラごみの問題が世界的に注目された。その頃から、テラサイクルの売り上げは拡大し、19年は前年比5~6割増の5000万ドル程度を見込み、その勢いは日本にも押し寄せている。

19年9月には伊藤忠商事が「化学品のビジネスモデルを変えていく」(石井敬太常務)ためにテラサイクルに約10億円を出資。同年11月にはP&Gジャパンがテラサイクルと組み、玄界灘の対馬に漂着した海洋プラごみの再生原料を容器に25%混ぜた台所用洗剤の発売を開始した。対馬に押し寄せる海洋ごみは年間200~300トン。従来は高い処理費用をかけて九州本土に運び、埋めるか燃やすかしかなかった。

20年秋からは、P&Gのほか味の素やサントリー、資生堂などのメーカーに加え、流通大手イオンも参加して、販売した容器を回収して再利用するためのeコマースのプラットフォーム「Loop」を東京でスタートする。現在、米ニューヨークや仏パリで実験中だ。

■植物肉から農業生産性革命へ

世界的に環境意識は高まっていたが、「消費者の実際の購買行動には結び付かない」(仏化粧品メーカー幹部)という現実が長らく続いていた。だが、テラサイクルの台頭は、欧米のみならず日本を含むアジアでも、消費者行動が急速に変化し始めていることを示す。人口爆発による食料危機に備えるビジネスが支持を集めるのも同じ文脈だ。

大豆やエンドウ豆などから作った本物そっくりの「植物肉」が、その象徴だ。米スタートアップのインポッシブル・フーズやビヨンド・ミート(19年に株式公開)が市場を創造してきたが、今ではネスレなどの大企業も参入。米バーガーキングなどのハンバーガーチェーンでも採用が広がる。

50年には世界の人口は90億人に達し、タンパク質の需要は現在の約2倍に増えるとされる。牛などの家畜だけでは、その需要を賄いきれない。そこで注目されるのが植物性タンパク質。単位当たりのタンパク質を生産する際の環境負荷は、家畜を育てるよりも圧倒的に少ない。さらに技術革新で本物の肉に極めて近い味と食感を実現できるようになり、菜食主義者だけではなく一般消費者にも市場が急拡大中だ。

だが、「食革命」の波はここにとどまらず、サプライチェーンを遡上する。農作物の栽培で生産性を大きく向上させる挑戦が始まった。

米ボストンに本社を置くインディゴアグは、アグリテックの中でも注目の一社だ。同社は微生物のDNA配列を解析して植物の育ちを良くする「スーパー微生物」を特定し、それを閉じ込めた特殊な材料を作って種にコーティングし、農家に販売している。

現在、大豆、綿、トウモロコシ、コメ、小麦の種を販売しており、トウモロコシなら約6%、大豆なら約8%の収穫量拡大を見込めるようになった。

マサチューセッツ工科大学の博士課程で、「食糧問題を解決したい」との信念で微生物学を研究していたジェフリー・フォン・マルツァン氏らが14年に創業した。植物の根には無数の微生物が生息しており、植物の栄養素や水の吸収を助けている。作物に合うスーパー微生物を特定すれば、農家は農薬を極力使わずに、安全かつ高品質の作物を効率的に収穫できる。土壌が農薬で汚染されず疲弊しないメリットも大きい。

「今の農業の仕組みでは、農家が良い作物を育てようというモチベーションが湧かない。これを変えたかった」

インディゴでCEO(最高経営責任者)を務めるデービッド・ペリー氏は、同社に参画した理由をこう説明する。ペリー氏は連続起業家で、自身が起こしたバイオ医薬品会社を米ファイザーに54億ドルで売却した人物。知人の紹介でインディゴを知り、マルツァン氏の信念に共感したことから15年、同社のCEOに就いた。

スタートアップが立ち上げた「植物肉」市場にスイスのネスレなど大手も参入し市場が急拡大(写真左)、連続起業家のデービッド・ペリー氏は食革命のビジョンに共感しCEO職を引き受けた(写真右)(写真左:Drew Angerer/Getty Images)

スタートアップが立ち上げた「植物肉」市場にスイスのネスレなど大手も参入し市場が急拡大(写真左)、連続起業家のデービッド・ペリー氏は食革命のビジョンに共感しCEO職を引き受けた(写真右)(写真左:Drew Angerer/Getty Images)

インディゴの「革命」は収量拡大にとどまらない。現状の穀物取引では、値段は単に需給バランスで決まり品質は問われない。だから、良い作物を育てるモチベーションも湧かない。そこで18年3月、「農作物のイーベイ」とも言えるオークションサイトを立ち上げた。

インディゴが出品された作物のサンプルを専門機関に提出して品質を細かくチェックし、土壌の状況や水の管理、農薬使用の有無など、育成過程の情報も掲載。買い手は、この情報を見て価格を提示する。反響は上々で「開設から1年半ですでに3000社が参加し、3000億ドル分の入札があった」(ペリー氏)。世界最大のビール会社、ベルギーのアンハイザー・ブッシュ・インベブなどが原料を調達し始めている。

19年6月には、二酸化炭素(CO2)の排出量取引ができる仕組みの運営も開始。1000万エーカー分の土地が既に登録され、大手を含む数多くの企業がこの枠組みに参加しているという。

■インドで血液、DNA検査急増

増え続ける人口をいかに養うか、という問題とともに、増えた人口の健康維持も未解決のひずみだらけだ。

例えば、27年ごろに世界最大の人口を抱えるとされるインド。経済発展に伴う栄養状態の改善により、今度は生活習慣病に悩む人が増加している。国際糖尿病連合のデータによれば、19年の糖尿病患者は7700万人と人口の6%を占めた。「予備軍を含めれば、比率は12%を超える」と警鐘を鳴らすのが、インドのスタートアップ、ヘルシアンの創業者ディーパック・サニ氏である。

インドでは栄養状態の改善により生活習慣病が問題に。写真はへルシアンのディーパック・サニ創業者

インドでは栄養状態の改善により生活習慣病が問題に。写真はへルシアンのディーパック・サニ創業者

サニ氏は急増する生活習慣病のリスクを減らそうと14年に同社を創業。自宅で容易に血液検査を受けられるサービスを始めた。

スマートフォンのアプリで予約すれば、訓練を受けたスタッフが最速90分で自宅を訪れて採血する。その血液はインド各地の検査ラボに運ばれて解析され、利用者は24時間以内に結果を確認できる。検査結果は医師と共有され、生活習慣を改善するための助言を得られる。既に利用者は80万人を超え、6割はリピーターになっているという。

血液検査を受ける場合、従来は町中の検査センターに足を運ぶ必要があり、結果も自分で取りに行かなければならなかった。医師による助言もない。

ヘルシアンはITを使って利便性を飛躍的に高め、検査センターなどの中間業者を廃して検査価格を従来よりも4割近く引き下げた。20年1月からは遺伝子検査もサービスに加えている。医薬品メーカーの新薬開発や保険会社の医療リスク判定などに活用できる可能性があり、「3年後にはデータベースの活用でさらに事業が拡大しているだろう」とサニCEOは見ている。

■「創薬後進国」の中国が先頭に

新興国では生活習慣病が広がることで、それが一因となって発症する難病を治療する技術を確立する重要性も高まっている。 肝臓の現代病ともいわれる脂肪肝が一つの原因となって発症する、原発性硬化性胆管炎もその一つ。その治療薬の開発で先頭を走るのが、中国の君聖泰生物技術(ハイタイド)だ。

技術力の向上が目覚ましい中国だが、創薬の分野ではこれまで"後進国"だった。しかし、同社の実力は折り紙付きだ。米食品医薬品局(FDA)に、完治が難しい疾患に効果が期待できそうな新薬について優先的に審査する「ファーストトラック」と呼ぶ制度の対象に認定され、現在はフェーズ2と呼ばれる臨床試験を行っている。

硬化性胆管炎の治療薬開発に挑む君聖泰生物技術(ハイタイド)の劉利平CEO兼CSO(写真(試験管):ullstein bild/Getty Images)

硬化性胆管炎の治療薬開発に挑む君聖泰生物技術(ハイタイド)の劉利平CEO兼CSO(写真(試験管):ullstein bild/Getty Images)

劉利平CEO兼CSO(最高戦略責任者)は「病気は肝炎から線維化、硬化というプロセスで深刻化する。ほとんどの企業はそのどこかにターゲットを絞って開発しているが、当社は各症状にそれぞれ働きかける薬を開発するアプローチをとる。早ければ24年には上市したい」と意気込む。

■自宅で介護、タイで実現

生活習慣病と並び、今や高齢化も世界共通の悩みだ。新興国の多くで、生活向上による寿命の伸長に比べて、介護制度の整備が遅れている。中所得層以上の家庭ならメイドなどに介護を任せることもできるが、彼ら彼女らは専門家ではない。

こうした高齢化のひずみを解決しようとしているのが、15年創業のタイのヘルス・アット・ホームだ。首都バンコクの大手病院で10年間、内科医として勤務していたカナポン・プンラッタナプラピンCEOが立ち上げた。

高齢化は新興国でも課題。ヘルス・アット・ホームのカナポン・プンラッタナプラピンCEO(左)

高齢化は新興国でも課題。ヘルス・アット・ホームのカナポン・プンラッタナプラピンCEO(左)

カナポンCEOはタイで初となるプロの介護者(ケアプロ)の育成に乗り出した。高齢者への対応の仕方や健康状態、犯罪歴の有無などを審査し、合格率7%という厳しい面接をパスした候補者に100時間ものトレーニングを施している。

その上で、現在300人ほどいるケアプロと、介護を希望する高齢者や家族をマッチングする仕組みを構築。タイで普及しているメッセージアプリのLINEを使い、利用者が要介護者の病気や入浴介助の有無などの質問に回答していくと、独自のアルゴリズムで条件に合致したケアプロを自動的に選び出してくれる。午前10時までにアプリで依頼すれば、午後6時には自宅にケアプロを派遣してくれる。

ケアプロが測定した血圧や心拍数などのデータは本部に送られ、看護師から適切な助言も得られる。利用料金はサービスの内容によって細かく変動するが、平均して12時間当たり2000バーツ(約7000円)前後。タイの購買力に照らせば決して安くはない。しかし、カナポンCEOは「利用する顧客数が現在の約1000世帯から拡大していけば、もっと安くサービスを提供できるようになる」と話す。

■170万の酪農家を貧困から救う

地球環境、人類の健康、そしてもう一つ、解決しなければならない大きな社会のひずみが貧困だ。それについても、ビジネスモデルを工夫すれば企業が解決に一役買える。インド南部の都市バンガロールで11年に創業したステラップスが、その可能性を示す。

インドの酪農家が貧困にあえいでいたのは、生産性が低かったから。ステラップスはIoTを駆使し、生乳の品質を高め、販売価格を引き上げた。下の写真に写るのが創業メンバーたち

インドの酪農家が貧困にあえいでいたのは、生産性が低かったから。ステラップスはIoTを駆使し、生乳の品質を高め、販売価格を引き上げた。下の写真に写るのが創業メンバーたち

同社は、酪農の現場から乳製品加工まで、一連のプロセスをあらゆるモノがネットにつながるIoTで刷新。月収10ドル程度しか稼げなかった零細酪農家が、月収150ドル前後も稼げるようになった。共同創業者のラビシャンカル・G・シロール氏は、「月に1000ドル稼ぐ酪農家も出てきた」と話す。

インドには7600万の酪農家がいる。そのうち7割弱は2~3頭程度の乳牛しか保有していない零細業者だ。その収入が増えない限り地域社会の発展は望めない。だが、担い手の平均年齢は60歳前後と高齢化し、若者はきつい仕事を嫌って町に出てしまう。「零細業者の貧困を解消しないと、インドの酪農の未来はない」(ベンカテッシュ・セシャサイ共同創業者)との危機感があった。

まずは乳牛に取り付ける独自のデバイスを開発。一頭一頭の生体データを記録し、体温や運動量などから最適な繁殖のタイミングや病気の予兆を察知できるようにした。生産性が飛躍的に向上したことで、2万4000の村で170万の酪農家が同社のデバイスを利用するほどに普及している。

生産された生乳の収集センターの効率化も図った。生乳の脂肪分や糖分などを測定し、自動的に適切な値付けをするシステムを導入。それにより酪農家が、高品質の生乳を生産すれば、その分収入を増やせるようになった。

さらに、蓄積されたデータを分析することで、酪農家ごとの経営能力や乳牛の資産価値がひと目で分かるようになった。これにより、金融機関から融資や保険のサービスを受けられるようになるなど、データによって様々な周辺サービスが広がっている。貧困を解消したいという情熱が、酪農分野で巨大プラットフォームを生み出した。

ここで紹介した6つの事例は、社会のひずみが大きなビジネスチャンスになることを示している。

(日経ビジネス 白壁達久、バンコク支局 飯山辰之介、ニューヨーク支局長 池松由香、シリコンバレー支局長 市嶋洋平、ロンドン支局長 大西孝弘、上海支局長 広岡延隆)

[日経ビジネス電子版 2020年1月10日の記事を再構成]

日経ビジネス2020年1月13日号の特集「逆風に芽吹く世界のビジネスモデル 20の『ひずみ』が生む新潮流」では見過ごされてきた世の中の「ひずみ」を正す20のビジネスモデルを紹介している。

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