世界一「星」ある店が多い東京 ミシュランが愛す理由
日本ミシュランタイヤ ポール・ペリニオ社長(上)

レストランガイドが花盛りだ。最近はインターネットのレストラン評価サイトも過熱気味。それでも、存在感を発揮し続けているのが、120年の歴史を誇り、ビブグルマン(価格以上の満足感が得られる料理)から三つ星(そのために旅行する価値のある卓越した料理)までの評価で知られる「ミシュランガイド」である。30の国と地域で発行され、グルメの代名詞といってよい。日本の最新版である『ミシュランガイド東京 2020』の発表会の様子は、昨年の高視聴率ドラマ「グランメゾン東京」(TBS系)でも紹介され、話題を集めた。同ガイドを発行する日本ミシュランタイヤのポール・ペリニオ社長に話を伺った。
――ミシュランという会社は、フランスではどのようにとらえられているのでしょう。
歴史あるフランスの有名企業というイメージだと思います。19世紀に設立された会社で、モータリゼーションの発展に伴い、かつては道路標識や飛行機も製造し、フランスの近代史にかかわってきました。レストランガイドであるミシュランガイドも、1900年には最初のガイドを発行しています。120年も前のことです。
――入社前、ミシュランガイドとの接点はありましたか?
週末に両親と車で出かけるとき、いつも車内にミシュランガイドがあったのを覚えています。小さい頃から、あの赤い本があった記憶がありますね。ミシュランガイドは、1900年にフランス版を発行してからは、04年にベルギー版、10年にはスペインとドイツ版が創刊され、20、30年ほどの間にヨーロッパ各地をカバーしていきました。ですから、フランスだけではなく、ヨーロッパ各国でおおむね同じような習慣があったのではないかと思います。

それから約100年後の2005年には、初めてヨーロッパの外に展開、ニューヨーク版を発行しました。ヨーロッパ以外の食文化にも焦点を当て、ガイドブックをもっと国際的に展開しようと考えたわけです。07年にはアジア初となる『ミシュランガイド東京』も創刊しました。ニューヨークはイノベーションの町である一方、日本の食文化は非常に奥深い。そこで、海外への展開を考えた際、筆頭候補として挙がってきたのです。東京は今や、世界で最も星付き店が多い町となりました。

その後、09年には京都・大阪版を創刊しました。これと東京版は毎年更新し、地方版も次々に発行しています(北海道、富山・石川、宮城、愛知・岐阜・三重、広島・愛媛、熊本・大分、福岡・佐賀・長崎などを刊行)。日本では全国をカバーするのが夢です。今春は新潟版の発行を予定しています。
――1926年にはレストラン評価として星を導入、30年代には三つ星のシステムが始まり、(評価を行う)調査員制度を開始しました。
調査員はすべて正社員です。国外の調査員も評価を行いますが、どの国でもメインはローカル調査員。皿の上の料理だけでなく、その国の文化や歴史が分からないと、評価は難しいからです。
料理の評価基準は5つ。素材の質、料理技術の高さ、独創性、価値に見合った価格、常に安定した料理全体の一貫性です。調査員は匿名でお勘定もきちんと払います。こうしたルールは、絶対に変えません。

――最近では、ミシュラン以外にも色々なレストラン評価の本やウェブサイトが登場しています。
ミシュランガイドは評価の仕方、ノウハウなどに120年の歴史があります。その歴史が評価の信頼に結びついているのでしょう。それは、他社にはない大きな蓄積です。ただ、ミシュランはあくまでも一つの意見。ほかにもたくさんの意見があって、多くのガイドがあるのは歓迎すべきことです。ミシュランの意見が特に秀でていると言うつもりは全くありません。
なお、各レストラン(飲食店)を調査員1人だけで評価することはありません。必ず複数人で決めます。

――意見は分かれたりしませんか。
一つ星か二つ星かなどという議論はいつもありますね。そうした場合、再度別の人が評価に行くといったことがあります。
――全世界でミシュランガイドの売り上げはどのぐらいになるのでしょう。
公表していません。会社全体では当然タイヤが最も大きな売り上げを上げていますが、ガイドブックは会社のビジビリティ(視認性)に多大な影響があります。
会社の創設者であるミシュラン兄弟がガイドブックを創刊したのは、「ベター・モビリティー」のため。つまり、ミシュランのタイヤを履いた車で、どこへ行けばいいのか、何をすればいいのかを紹介し、より快適に楽しいドライブができるようにと考えたわけです。今なおミシュランガイドは、モビリティーに貢献する一つの重要なツールだと思っています。
――日本で発行されている地方版のミシュランガイドは、その創刊順が必ずしも日本の観光ガイドの人気順と一致しないように思います。それよりも、モビリティーを意識したものなのでしょうか。
広い意味でのモビリティーですね。対象となった地域、県に住んでいる方々、国内各地からの観光客だけでなく、今や3000万人超にもなったインバウンド(訪日外国人)を意識しています。今年はオリンピックイヤーですし、より多くの方が海外から日本を訪れるでしょう。インバウンド向けには英語のサイトがあり、誰でも無料で閲覧できます。今はスマホ片手に旅行しますから、本より実用的ですよね。
どの国でも、海外からの旅行者にその国に来た理由を聞くと、現地料理を食べてみたいという理由が挙がります。日本でも文化、歴史と共に「日本料理を食べたい」という項目が、弊社調査の訪日理由トップ3に入っています。それだけ関心が高いのでしょう。
――次回は、ペリニオ社長の初来日時の印象や、ミシュランガイドの新しい試みについて伺います。
1971年フランス、パリ南東のクレテイユ市生まれ。93年仏ビジネススクール卒業、94年仏レンヌ第一大学日仏経営大学院ディプロマ取得、初来日。95年日本ミシュランタイヤ入社後、英国ミシュランやアイルランドミシュラン、仏本社 に勤務。04年日本ミシュランタイヤ PCLT事業部マーケティングマネージャー就任後、同事業部コマーシャルディレクター、ベネルクスミシュラン代表取締役社長を経て、15年日本ミシュランタイヤ代表取締役社長に就任。
(フリーライター 大塚千春)
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