車の安全機能の実力 「機械は人より見える」は誤解
特集 クルマ安全機能の最前線(3) ホンダに聞く

現在のクルマには事故を防ぐためのさまざまなシステムが搭載されている。ただ、それらの機能はメーカーによって異なる。自分の乗っているクルマの安全運転支援技術が、どんな意図で生まれたものか、どんな機能を持っているのかを知ることこそ、安全運転の重要な要素になる。
この特集ではメーカーの担当者に話を聞き、その取り組みや具体的な機能について話を聞く。最初に訪ねたのはホンダ。ホンダ車に搭載される「Honda SENSING(ホンダ センシング)」の中で、入社以来、衝突軽減ブレーキなどの開発に携わってきた本田技術研究所の丸尾真也さんに、自動車ライターの大音安弘氏とNIKKEI STYLE編集部が話を聞いた。
購入理由の2位が「予防安全性能」
「Honda SENSING」は現在、ホンダが積極的に搭載を進めている予防安全システムの総称だ。人や車両などを検知するために、カメラやミリ波レーダーなどの複数のセンサーを組み合わせて搭載。衝突軽減ブレーキ「CMBS」(※1)、誤発進抑制機能、車線維持支援機能など、現在の自動車に求められる安全機能を実現している。「SENSING」という言葉には、「今まで見えていなかった自動車の外側を、さまざまな機械(センサー)を使って見ていく」という意味が込められているという。※1 衝突被害軽減ブレーキをホンダでは、「衝突軽減ブレーキ(Collision Mitigation Brake System)」と呼ぶ
大音 2014年に発表された高級セダン「レジェンド」に初めて搭載されたホンダセンシングですが、今では軽自動車の「Nシリーズ」を含め幅広い車種に搭載されていますね。
丸尾 基本となる安全スローガンは「Safety For Everyone」です。だから社員も「高級車だから」「軽(自動車)だから」という境目は持っていないし、「軽自動車だからこれくらいの性能でいいか」とは開発者もまったく思っていません。反対に「大勢の、いろいろな人が乗るのだから、その分しっかり性能を出さないと本当に事故は減らない」という思いを持って開発に取り組んでいます。
編集部 でも、軽自動車を買う人は価格を重視するんじゃないですか。
大音 いや、ホンダの軽自動車の購入理由を見ると「先進の安全運転支援機能の搭載」を理由にあげる人が多いそうですよ。
丸尾 N-BOXの購入理由を見ると、2015年は「予防安全性能」は17%で17位、「衝突安全性能」が17.7%で16位でしたが、2018年の調査では「予防安全性能」は51.8%で2位、「衝突安全性能」は48.2%で4位まで上がっています。今では必須機能のような位置づけになっているのではないでしょうか。かつての燃費の良さに近い位置づけのようにも感じますね。

止まったクルマのほうが検知は難しかった
今では必須機能となった安全運転支援機能。その始まりは2003年発売の「インスパイア」の最上級モデルに搭載された「追突軽減ブレーキ(CMS※2)」だった。これは世界で初めて市販車に搭載された衝突被害軽減ブレーキだ。ミリ波レーダーで前走車を検知し、追突の危険を察知するとドライバーに警告。衝突が回避できない場合には、自動的にブレーキをかけ、速度を落とし、被害軽減を図るものだった。※2 CMSは後にCMBSに略称を改めた
大音 2003年の時点では、まだ開発初期ということもあって、衝突回避はできず被害低減のみを図る仕組みでしたよね。
丸尾 いや、その時点でも、警報や弱いブレーキ作動に応じてドライバーが適切な操作を行えば衝突回避が可能でした。ただ、そこを強く打ち出すとドライバーが、機能を過信してしまうのではないかと考えたんです。「CMBSが教えてくれるから、よそ見をしてもいいんだ」「CMBSで回避してもらえるからブレーキを踏まなくてもいいんだ」というような誤解や過信を防ぐために衝突回避しないシステムとしていました。そのような誤解や過信は逆に事故を増やすことになりかねない。それは我々の目指す方向ではないので……。ただ最終的にぶつかるような(衝突回避しない)システムとした結果、お客様の心にちゃんと響かなかったのかなという反省もありました。
大音 当時と現在では考え方やシステムは変わってきているのですか。
丸尾 基本的な考え方は変わっていません。当時と比べて大きく進化しているのはセンシングの技術ですね。センサーの種類も増え、見える範囲も広がりました。
編集部 センシングの拡大ですね。最初は何が検知できたんですか。
丸尾 最初は前を走っている車です。次の段階は止まっている車が識別できるようになりました。人は止まっている車を見れば、それが車だと分かりますが、当時のセンサーでは電柱や自動販売機などの障害物と区別がつかなかったんです。それがセンシングの技術進化で区別ができるようになった。そして、その次が歩行者です。
編集部 車が検知できるんだから、速度が遅い歩行者は簡単に検知できるだろうと思っていました。
丸尾 ホンダがずっと使っていたミリ波レーダーは、反射した電波を見て障害物かどうかを判断するのですが、歩行者はその反射が弱く、金属のポールなどと区別がつきにくかったのです。そこでカメラをつけ、レーダーで検知したものを、カメラで人かそうでないかを見分けることで、人を検知する方法を確立しました。
大音 最近は自転車も検知しますよね。しかも目の前を横切る自転車も検知できるようになった。
丸尾 車と同じ方向に走っている自転車の場合は、状況によっては以前のシステムでも検知できる場合がありました。でも速いスピードで横切る自転車は今まで検知できませんでした。センサーが捉えたときには、回避できないタイミングでした。それが検知できるようになったのはセンサーの捉える範囲が広がったからです。最初は歩行者、次第にもっと速く移動する自転車も検知できるようになったということですね。
「人間が見えなくても機械は見える」は危険な誤解
年々進化を続ける先進安全運転支援機能だが、認識が高まると同時に、利用者の誤解も生じている。衝突被害軽減ブレーキに対して「いつでも自動的に止まる」という思い込みはその代表例だろう。
大音 丸尾さんの専門である衝突被害軽減ブレーキに関して教えてください。一般の人たちの誤解で多いのは、やはり「いつでも止まる」ですか?
丸尾 そうですね。「自動でいつでも止まってくれるんでしょう」という、期待というか誤解が、やっぱり一番多いんじゃないかと思います。人から聞かれた場合は「万能じゃないんですよ」と答えるようにしています。
大音 機能が作動しづらい条件ですが、カメラの場合、基本的に人間が見づらいものは機械も見づらいということですよね。
丸尾 カメラはそうですね。ミリ波レーダーは人の目と特徴が違うのですが、基本的には「人の目で全然見えないところは、システムも見えない」と思ってください。悪天候などで周囲がよく見えないというときは、システムも検知するのが難しいんです。
編集部 でも「人間には見えなくても機械は見えている」と思っている人も多いのでは?
丸尾 多いと思いますね。でも、実際はそうではありません。安全機能に関して一番まずいのは「視界は悪いけど、運転支援のシステムがあるから守ってくれる」と思うことなんです。自動車に付属するオーナーズマニュアルには、機能が作動しづらい条件について記載されています。「いちいちマニュアルは読まない」という人も多いかもしれませんが、やはりしっかり目を通してほしいですね。
安全技術にもホンダらしいこだわりが
ホンダは、軽商用車から大型セダンまで幅広くホンダセンシングを搭載することで、交通事故削減を目指してきた。
まだ全車装着には至っていないものの、改良やフルモデルチェンジなどのタイミングで着実にアップデートを図っており、性能向上だけでなく、新機能を盛り込むなど常に成長を続けている。軽自動車などの小さな車にも積極的に展開し、同タイミングで投入された車には機能差を設けていないこと、さらにオプションで選ぶのではなく基本的に標準装備としていることが、ホンダセンシングの特徴かつ魅力となっているといえるだろう(オプションにすると、わざわざユーザーに選択してもらわないとならないため、装着率はどうしても低くなる)。
今回、取材をしていて印象に残ったのが、衝突被害軽減ブレーキの自転車認識に関するエピソードだ。
公的機関の評価テストで用いられるのは大人用の自転車だが、1人の技術者の「子ども用自転車ではどうなんだろう」という発言から、実際の子ども用自転車を用いたテストを行い、しっかりとデータを取得して、一定の効果を確認することができたという。「単純に今あるテストをクリアするためにやっているのではなく、本当に事故を減らしたいと考えて開発しています」と丸尾さんは力を込める。
「でも、そういうこだわりは、なかなか他社のシステムとの差として見えづらいんですけどね」と丸尾さんは笑うが、こういった独自の気づきを大切にして独自の作り込みを図っていることも、メカニズムへのこだわりが強いホンダらしい点だと感じた。

1980年生まれ、埼玉県出身。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者に転身。現在は自動車ライターとして、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材している。自動車の「今」を分かりやすく伝えられように心がける。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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